句あれば楽あり ?

芥川龍之介の句 三

至遊(しゆう)



 いよいよ大正2桁以降の句に入る。ここで急に「かな」「けり」で終る句が異常に多いのに気づいたが、気にしないで進む。

   春に入る柳行李の青みかな

 昔は確かに柳行李というものをよく使った。春に入ると柳は青む。字づらだけを追って行くと、そんな季重なり的な印象が先ず頭を過ぎる。確かに柳ではなく柳行李だからルール上では季は重なっていない。良く取れば柳行李を小道具にして、春の印象をこれでもかこれでもかと強調した技巧的な句と言えるかも知れない。一方、それだけの情景描写に、これだけの念を押す必要があるだろうかと、ちょっとした勿体無さも感じる。

   元日や手を洗ひをる夕ごころ

 前回書いた「目刺」の句と並んで、龍之介の代表句と言える。元日も朝は華やかな「ハレ」の行事に彩られるが、その後は特に何をするということもない。気だるい一日が夕刻になりトイレにでも行って裏庭の手水で手を洗っていて、もう夕刻であることに気づく。その楽しいような、詰まらないような一日の感想が「夕ごころ」で上手く表現されている。ここには前の句と違って、龍之介が居る。その存在感でも前句よりはるかに優れている。

   山がひの杉冴え返る谺かな

 「冴え返る」と言えば極寒というより、一度春らしい気候になったのにまた寒さがぶり返したことを言う、春の季語である。ただその返ると谺が返るとを掛けているような気がする。澄んだ音の谺が返ってくることはそれだけ寒さも厳しいのだろう。これも作者の顔が見えにくい。その分現代の我々からすると物足りなさを感じる句である。

   振り返る路細そぼそと暮秋かな

 何故「細そ」と「そ」の字が入っているかは判らない。一種芭蕉の「この道や行く人なしに秋の暮」を思い起こさせる。自分の人生を振り返ってみたら、一生懸命生きてきた積りなのに、細い路がひとつ付いているだけである。その心情が秋の暮と響きあう。でも細い路でも付けられた人は(またはそう思える人は)幸せな方だろう。前後左右どこを向いても路はないという人も多かろう。

   水洟や鼻の先だけ暮れ残る

 何となくユーモラスな句である。顔の中では普通は鼻は少しは高くなっている。だからそこだけがまだ明るさを残している瞬間もあるかも知れない。そのことが発見だが、上五に水洟やと持って来たことで、この本人は風邪で悩んでいることが判る。ある意味で鼻が邪魔なのかも知れない。鼻さえなければ洟水も出ないで済むものを、と言いたげである。

   花はちす雀をとめてたわみけり

 大きな蓮の葉の側には花も付いている季節である。その大きな葉が軽い雀を乗せた。その重みで軽く撓んだ、というだけの句である。しかしその観察の細かさは何とも言えない自然への慈しみを感じさせる。こんな瞬間を我々が目にすることは先ずないであろう。だから本当に雀ごときで撓むのかどうかは証明できないが、文学であるからそこは想像ができれば十分である。

   かひもなき眠り薬や夜半の冬

 そろそろ不眠症が襲って来たらしい。眠らねばと焦れば焦るほど目は冴える。そこで眠り薬を飲んではみたが、全く効き目がない。もう龍之介としてはかなり常用していたのかも知れない。そうなると効かなくなる。もう手の打ちようのない冬の夜である。

   水朧ながら落花を浮べけり

 水も春の朦朧とした気候の中ではっきりとは見えない程である。あるかないかも不確かな水だが桜の花びらを浮かべれば、そこに水があることがはっきりする。そんな頼りない水が、春の象徴とでも言うべき桜を浮かべているのに目を引かれたのであろう。「朧」も春の季語。

   ひたすらに這う子おもふや笹ちまき

 「這う子」は眼前には居ないと思う。笹ちまきを見て、男の子(比呂志か也寸志か)が丁度目的があるか無いか判らぬままに部屋中を這いまわる頃だったのだろう、その姿を脳裏に浮かべてしまったのである。今なら「思う」と言わずにもその意図は伝わるのに、と多少の評論をしたい気になる。

   初秋の蝗つかめば柔かき

 理屈でもあるがそれを詠もうとした感覚がすばらしい。まだ生まれたばかりの蝗、特にその腹は柔かい。事象としてはそれだけのことだが、この蝗を掴んだことから、若々しい生命に触れた思いを感じさせる。もう龍之介も自分で命を絶つ直前である。本当はいのちの愛おしさは健康な人以上に感じていたことだろう。自分にこの若々しさがあればという憧れに近いものを感じてしまう。

   兎も片耳垂るる大暑かな

 最後に龍之介としては異常な句を挙げる。読んで判る通り字足らずである。今までに挙げた句の中にこんな句は一つもなかった。これは初案が「小兎も片耳垂るる大暑かな」だったらしい。それを佐々木茂索が喩え字足らずでも「小」なんて言葉は取るべきだと主張して譲らず、龍之介も折れたらしい。そんな気弱な面もあったのかと思わせるが、でも龍之介の言語表現上の美意識からするとやはりピンと来なかったらしい。後に前書きに「破調」と入れた。そうしないでは居られなかったのだろう。

 三回に亘って龍之介の句を書いてきた。時々はっとする句があるが、最初に述べたようにまだ古い影を引きずったままの句が多い。形にも非常にこだわっている。龍之介なりの美意識と限界が同居している。彼がもし漱石ともっと早く俳句の世界で接していたら、句は随分違ったものになっていたであろう。漱石の大病以降の句を龍之介が見逃す筈はないからである。



2003.10.19