句あれば楽あり ?

芥川龍之介の句 二

至遊(しゆう)




   
短夜や泰山木の花落つる

   花百合や隣羨む簾越し

 前回少しは悪口もまだ出るかも知れないと書いたが、非常に気になったのは季重なりである。勿論、龍之介の使っていた歳時記がどんなものかは知らない。だから「季重なり」も今だからこそであり、当時、特に江戸俳諧に範を取れば、季は重なっていなかったかも知れない。しかし私は今現在、龍之介の句を抜き取っているので、気になる句を殆んど落とした。上の2句はその季重なりの例である。

 2句目はこれが前回述べた数少ない身内を詠んだ句である。一見美しい百合を羨んでいるだけのように見えるが、この百合は女の子で、男の子しかなかった龍之介には女の子が生まれたという隣(実は真野友彦という人)のニュースを羨んでいるのである。前書きに「あなたは女のお子さんのよしわたしも今度は女の子を持ちたい」と書いてあり、お祝いの挨拶句であると同時に、前書きを入れるともう手紙である。

   花火やんで細腰二人楼を下る

 江戸俳諧の世界である。京都でよく遊んでいたようだから、京の花魁かも知れない。雰囲気は蕪村に似ているが、花火そのものを詠まずに、終った後のまだ少し残っている華やぎと、寂しさを詠んだところなどは、芭蕉の「おもしろうてやがて悲しき鵜舟哉」に似ている。ただこれは類句とは言えない。

   行けや春とうと入れたる足拍子

 舞を見ていての句である(前書きにそうある)。「とうと入れたる」などという擬音語も仲々利いている。「行く春」ではなく「行けや春」だから、すべてに気だるそうな春を、足拍子ひとつで緊張感のあるものに置き換えてしまった感がある。

   白菊や匂にもある影日なた

 白菊には当然影と日なたがある。ただ菊の香にも影日なたがあるというのが発見である。この辺は個人的にすぐれた感覚の持ち主だったことの証左だろう。「匂いの影日なたとはどんなもの?」と目くじらを立てる必要はない。風向き次第で香の強いところと弱いところが出来て、弱い方を影と詠んだものと勝手に思っている。

   松かげに鶏はらばへる暑さかな

   蝶の舌ゼンマイに似る暑さかな

 下の句の方が人口に膾炙している。ただ「蝶の舌」なんてよく観察したことはないし、多分学術的にはそんなものはないであろう。でも「ゼンマイに似る」とまで言い切ればそれは暑さとは関係ないかも知れないが、へばった蝶のように思えてくる。「蝶」はちなみに春の季語。

   暖かや蕊に臘塗る造り花

   青蛙おのれもペンキぬりたてか

 臘を塗って光沢のある花を作り上げるのと、青蛙を「ペンキ塗りたて」と見たのはどこかに共通点があるような気がする。下の句は龍之介の代表句のように言われているが、意表をついた表現が評判を呼んだだけで、他にいい句はもっとある。

   死にたれど猶汗疹ある鬢の際

 この句には初めて出遭って驚いた。汗疹のある者が死んだら、死体にも汗疹があるのは当たり前だが、何となく死んでも額に汗して働いているようで、哀れを誘う。多分故人は大したお金もなく地位もなく、むしろ肉体労働で日銭を稼いでいた人の印象を受ける。死体の汗疹からそこまでつい思ってしまうところが、この句の凄さである。

   われとわが綺羅冷やかに見返りぬ

 それに較べて自分の着飾った格好はどうだ、と一瞬思ったような句である。勿論、続けて詠まれたという保証はないし、句集の中でも多少離れた位置に配してある。だから余計な推量だが、やはり昔の男には着飾ることへの後ろめたさは付き纏っていただろう。むしろ戦国武将のように命を懸けた武具に飾りを付けるのは、何でもなかっただろうが。

   花薊おのれも我鬼に似たるよな

 「我鬼」とは龍之介自身のことである。大正7年のまだ俳句欄は11ページしかなかった「ホトトギス」に第18位で載ったときの俳号が我鬼である。薊には刺がある。龍之介の切れ味も使い方次第では人を傷つける威力を持つ。そんなところに仲間意識を感じたのであろうか。

   胸中の凩咳となりにけり

 自殺したのは昭和2年だし、この句はまだ大正1桁の末の句だから、まだ本格的に体調を崩していた訳ではなさそうでる。それでも健康には自信がなかったと見える。自殺だから当然かも知れないが、最後まであまり自分の病気の句は詠んでいない。ただこの表現には凄まじいものがある。

   木がらしや目刺にのこる海のいろ

 実際にはこれにも前書きがあった。「澄江堂句集」が出されたのは龍之介の没後だが、この句集からは前書きは削除されている。龍之介自身が生前すでに取っていただろうという説が強い。そして前書きのない方が遥かに優れている。理由は前書きは句の解釈を狭めてしまうからである。この句は本当に龍之介の代表句の1つに数えてよい。目刺になってからも海を恋しがり、海の色を湛えている目の前の元真鰯の青黒い光が、木枯しとよく調和している。ただし目刺は春の季語。これが当時も歳時記でそうなっていたかどうかは知らない。


030921