句あれば楽あり ?

中村苑子の句 一

至遊(しゆう)



 前にテーマ別俳句で「死」を取り上げたことがあります。その中に中村苑子の句が1句入っています。解説には間違いがあり折をみて直さねばと思っています。苑子の句集を見ていると、その1句だけではいかに少ないかが判ります。何しろ死を匂わせる句のオンパレードです。

 一つにはご主人が戦死され、そのとき初めてご主人が俳句を詠まれていたことを知り、興味を抱き始めたというのですから、俳句のきっかけそのものから死との直面があります。その時苑子31歳です。決して早いとは言えません。

 また大学時代に肺結核に罹っており、当時の医学からすれば、はっきり自分の死も意識したことと思います。俳句を始めて、最初は久保田万太郎の「春燈」に居ましたが、41歳のとき10歳も年下の高柳重信と知り合い、「春燈」を離れ、生涯の同志になり「俳句研究」の発行などに尽力しますが、その重信も苑子より先に他界してしまいます。そして苑子自身も平成十三年に八十七歳の生涯を閉じています。

 このように苑子と死は切っても切れない間柄ということになりますが、代表句と呼ばれるものに

   春の日やあの世この世と馬車を駆り   中村苑子

   黄泉に来てまだ髪梳くは寂しけれ

という句があります。この1句目を前に取り上げましたが、ご主人が亡くなられてから俳句の道に入ったというのであれば、これは自分のことです。すでにまだ中年の頃から「あの世とこの世」の間を、心は行き来していたのかも知れません。そして今はあの世に居る訳です。

 2句目は一種の女の業のごときものか、男である私には判ったとは言えないでしょう。女の人に言わせると、髪は女であることの象徴のようなものらしいのです。髪は死んだ後も残るし伸び続ける。喩え肉体の他の部分が完全に消え去っても残る可能性があり、黄泉の国に行ってからでも髪がある限り梳き続けるという、凄まじい、寂しい光景です。

 以下は好きな句を年代順に挙げてみただけで、特に死に関する句を意識して選んだ訳ではありません。その証拠に初期のころの

   僧形のあとさきとなり麦の中

   人の気配する雛の間を覗きけり

   野火哮るくらやみに帯解きをれば

   鮎のわたそそのかされて酔ひにけり

というような句には死の影は見えません。ところが高柳重信と出会った頃からでしょうか、段々句の雰囲気が変わってきます。

   身のなかの一隅昏らし曼珠沙華

 これは本物の曼珠沙華ではありません。心の中に持っている花というべきもので、それが昏いところに咲く彼岸花で、すでに死のイメージが棲み始めています。

   貌が棲む芒の中の捨て鏡

 この貌を持った人は一体誰でしょう。誰かを写し続けてきた鏡です。だから捨てられたあとも、その人の顔が棲み付いているというのです。これも女性ならではの発想でしょう。しかも決して明るくはありません。前の持ち主は今どうしているのか、杳として解らない、というよりもうこの世の人ではない可能性もあるのです。

   翔びすぎて墳墓の森を見失う

 これは自分ははっきり生きています。ただ自分を振り返るとき、何と大きく人生が設計図と違ってしまたのだろうという思いがあります。しかし後悔しているだけではなく、むしろ色んなことをやってきて、かなりの満足と地に足がついているかという一部の不安が交差した心境のような気がします。

   船霊や風吹けば来る漢たち

 今までに見てきた多くの男たち、特に亡くなった夫のことが、この句からは思い出されます。一種の期待でもあるでしょう。でも生きている男にではなく霊となった男たちを待ちわびているような響きが感じられます。「男」ではなく「漢」なのが性的なものを超えて、強い、逞しいというものへの非現実的な憧れという気がします。

   耐ふるものみな死に絶えて虫は在り

 何か世紀末思想のようなものでもあったのでしょうか。自分も耐えてきたとは思いますが、他の耐えてきた人も皆死に絶えるというのです。「虫は在り」というのですから、もしその中で人間として生き残ったとしたら、耐えることも要らなかった虫けらのような人だろうと言っているような気がします。

   ひとりふたりと死ぬ間や生姜きざまるる

 確かに毎秒かなりの人が亡くなっているでしょう。だから生姜を刻んでいるわずかの間にも、人は死んでいっている。この場合は「生姜を刻んでいる間にも人が死ぬ」ではなく、「人が死んでいっている間にも自分は生姜を刻んでいる」であり、人の死が当たり前、生姜を刻んでいる自分が(また刻まれている生姜が)主体になっています。

   わが墓を止り木とせよ春の鳥

 自分の俳句に自信が持てたのか、ここまで高らかに宣言した人は他に知りません。後に続く俳人に、単に休息の場を与えているというよりは、先ず自分の域まで来なさい、それから自分を乗り越えて進みなさい、と言っているように聞こえます。「春の鳥」なのがこの句に明るさを与えています。

   棺の中一本の杖あればよし

 今の時点で私は句集の半ばまでを見た段階です。すでに棺の中に入る用意をし、一種遺言めいたもの言いをしています。実際にはもっと前向きで、他には何も要らないが旅を続けるのに杖一本は必要だと言っているようです。俳人の場合は吟行があると同時に、吟行でなくてもあらゆる場所に行って、実物を見て詠むという生き物ですから、杖が一番大事なものということになっても不思議ではありません。以前書いた飯島晴子が眼が不自由になって自殺したのと一種相通ずるところがあります。

 1句ごとの紹介は簡単になってしまいました。平成になって詠まれた(発表された)句については、次回にお届けします。


031209