書評

これまでの認識を覆えさせられた

ナオミ・クライン著『ショック・ドクトリン』


2012年12月

茶谷 達雄

tacha1602@ba2.so-net.ne.jp

 私は本書を読んでいる途中で、吐き気をもよおし、時に失神しそうになってしまった。といってもお化けやホラー本ではない。れっきとした硬派の経済もので、世界的ベストセラーになったものである。カナダのジャーナリストが1970年代から30年以上にわたって、世界各国で民主主義と市場原理主義の名のもとに行われてきた改革の取材記録である。その内容は、私のこれまでの認識を根底から覆すものであった。


(現代史総なめの取材)
 取材の対象は世界各国の施策に及びとてつもなく広い。英国の小さな政府のサッチャーリズムや米国のレナルド・レーガンのレンガノミックス、そして米元国防長官のラムズフェルドの戦争の民間委託、ケ小平の改革開放、エリツィンのロシア崩壊、ワレサのポーランド連帯、チリのクーデター、イラク戦争、南アのアパルトヘイト、イスラエル、アジア経済危機、また災害としてスマトラ沖津波、アメリカ南部を襲ったハリケーン・カトリーナ等々現代史総なめである。


(結びつけるシカゴ学派の絲)
 これらを結びつける共通の太い一本の柱は、ノーベル経済学賞受賞のシカゴ大学の経済学者ミルトン・フリードマンが率いるシカゴ学派の市場原理主義による経済政策の導入である。それは、いっさいの規制や介入を排除し、自由市場のメカニズムに任せれば、おのずから均衡状態に収斂するとするものである。
 そのために、徹底した「民営化」、グローバリゼーションによる「規制緩和」、福祉や医療など「社会支出の削減」三つを基本とした政策の導入である。そしてこれが効果的に展開されるのは、純粋に障害のない白い環境が設定される必要があるとしている。そのためには社会や経済の崩壊や変革時や、津波など大災害により大きなショックを受けたとき、または作り出されたときがよいとしている。


(シカゴ学派の与えたすざましい影響)
 著者は、これら先にあげた各地で、どのように展開されたかを、綿密に取材している。それらの結論として、シカゴ学派の政策を実施した国々は、ひと握りの巨大企業と裕福な政治家階級との強力な支配同盟がなされ、改革を導入するための環境づくりや障害要因の徹底した排除がなされたことを明らかにしている。
 また、開発国への導入にはクーデターにより軍事政権をつくり、強圧的・暴力的に政策を導入していることも挙げている。このような結果から、国営企業の民営化により巨額の冨を築いた企業者の輩出する一方、貧富の格差の拡大、横領と汚職の横行、整備された都市の裏側地帯での貧民街の発生、地域住民を無視した開発による地域の崩壊等を鋭く指摘している。

(こんなことも)
 注目されるもでは、ケ小平はフリードマンを中国に招き、市場原理主義理論を講演させていること。中国政府が目指したものは、自由市場経済と冷酷な弾圧による独裁的政治支配の組合せだという。
 アジアの経済危機に対しては、外国企業が一斉に襲いかかり、何百社というアジア企業が巨大企業に買収され姿を消したということ。「テロとの戦い」は軍需産業とセキュリティ産業にとっての無数の収益のチャンスと捉え、永続的な戦いとして世界に組込んでいるとみられること。
 イラクの破壊戦略には、シカゴ学派の市場経済主義が導入されたこと。戦争民営化産業も形成され、英では兵士1人につき民間契約者3人になっていること。この場合、兵士は国民に対して責任をもっているが、民間契約者は株主に責任をもっているとみなしていること。米国のサンディ・スプリングス市は、市の正規職員はたった4人で、他はすべて契約事業者の社員でなされていること。ロシア経済の崩壊は決定的、疑問を投げかけた人々はスターリニズムへの郷愁と一蹴されていたこと。
 IMFが2007年レバノンの復興融資の条件として、電話と電気事業の民営化、燃料価格の値上げ、公共サービスの削減、消費税の値上げが求められた。これに対し、レバノンの首相は受け入れを表明したが、多くのレバノン国民は異議を唱え結局は実現不能になったという。
 ここに、これまでの世界の事例からの学習効果で、国民はシカゴ学派の経済学が示す市場原理主義に抵抗するような事例が一部に見られるようになってきているようだ。本書は、今後世界はどのような方向に進むか大いに考えさせられる内容であると思われる。


注 ナオミ・クライン著 幾島幸子・村上由美子訳『ショック・ドクトリン』岩波書店2011年9月8日初版 2012年5月7日第9版