書 評

菅原 琢 著 世論の曲解〜なぜ自民党は大敗したか を読んで


2010.01.29

茶谷 達雄

schaya@ba2.so-net.ne.jp


データから政治の動向を読み解く

「データをして語らしめよ」これはKJ法の創始者川喜多二郎先生が、野外科学から得られた方法論の基本理念である。これは、データが語る声に従って、虚心坦懐にまとめなければ、「現象の本質」を理解はできないとするものである。
本書『世論の曲解』は、政治の分野でデータを正しく理解していくことなくして、日本政治について語ることができないと主張している。この点、両者は対象分野が異なるが、根底において軌を一にしている。

2009年の総選挙における「麻生人気」は正しい調査データで見る限り、どこにも存在していなかった。また、今日の自民党の大敗は、「小泉政権の負の遺産」と主張する人も多いが、データの示すところ、明確な因果関係を想定することも、発見することもできないという。
ひるがえって、「小泉劇場」ともいわれた2005年総選挙での自民党の大勝利は、小泉元首相の特性からくる特殊現象という感覚を持つ人も多いだろうが、実際は、データの示すところ、都市部寄り、若年・中年層向けに政策路線をシフトするという、的確な対処方法によるものであったという。

なぜ人は、このように読み誤るのか。多くの政治家や新聞記者が、現状の出来事の因果関係を見誤り、間違った進路に舵を切り、誤った報道を繰り返したのは、どこに原因があるのか。なぜ彼らは有権者が発するシグナルを見誤るのか。本書は、これらについて、2005年の郵政選挙、2007年安倍政権時の自民大敗選挙、2009年民主大勝の総選挙の事例をとおして、解説している。

データから「小泉劇場」の大勝利を解く

著者が、読者に特にデータ分析の結果を理解して欲しいとするものに、2005年の郵政総選挙がある。この選挙こそ、その後の政治的混乱を生み出したものであり、この選挙の真の理解なくして、今日の政治の混乱を理解することはできないとしているからである。
本書は、これらを示すデータを、丁寧に説明している。メディアの中では、データの適切な分析がなされずに「小泉に騙された有権者」像が定着している。さらには、日本の民主主義への危惧も表明されている。しかし、関連するデータの分析結果から浮かび上がるのは、これらのイメージとは対象的な、政治に不満と期待を抱く健全で正常な、そして普通の有権者像であるという。

分析事例を見てみよう。年代別の投票率の伸びから、若い人ほど投票率は伸びている。自民党圧勝の結果には、この若年層が大きく寄与しているという。
この背景には、一つには、投票環境の改善という地味な選挙制度改革があるとみている。具体的には、投票締切時間の午後8時までの延長と、事前に行われる不在者投票要件の大幅な緩和である。「ディズニーランドから帰ってから」「今回は面白そう」「大きな変化が期待できるから」など、中関心、低関心の有権者でも投票しやすくなったことによる。

次ぎに、自民党の従前の農村偏重の得票構造が崩れ、民主党に押し負けていた都市部において、有権者の急回復、急拡大したことが、前代未聞の圧勝を呼んだという。
都市部ほど、小泉構造改革路線を受け入れる素地があったのである。もともと野党に投票していたような都市部有権者を中心として構造改革派を惹きつけることによって、自民党は得票を伸ばしたのである。若年・中年層の問題意識に沿った争点設定が行われ、これが成功したためである。総選挙では、高齢になるほど自民党への投票割合いが高くなるという常識的傾向に対して、2005年では老若格差が大幅に縮小しているという。

だが、筆者はいう。多くの政治家や評論家は、郵政民営化というお題目や、テレビに若者を中心とする有権者が踊らされ、一過性の投票行動を取ったと解釈した。自民党の圧勝は小泉純一郎という有権者の受けのよい、国民的な人気のある人物が総理総裁だったために生じたものだと結論付けた。そういった単純なストーリーを政治家や評論家、報道関係者は好み、一部は有権者を非難し、暗に馬鹿にさえしたといいう。

このようなことから「人気ある党首」を求めることが正解だと考えられた。いいかえれば、小泉への支持の深層にある、構造改革路線への支持、変化への期待という側面を無視し、自民党政治に求められる変化を、拒絶したのである。その結果は、やがて2007年の参議院選の大敗、2009年総選挙での壊滅的惨敗という形でしっぺ返しを食らうこととなったという。
これらは、本書『世論の曲解』で叫ぶ、データから本質を正しく学ばないことによる悲劇というものであろう。

データから本質を正しく学ぶために
筆者はいう。人は、自分の考えや事前に有している印象や情報にしたがって、物事を解釈しがちである。さまざまな情報やデータが周囲にあっても、自らの考えに合致する、都合のよいものだけを選び取ってしまう習性がある。これを確証バイアスといっている。データを読むとき、これをどう克服するかが課題といえる。
本書は、学術書でなく新書であり、裏付けとなるデータもそれなりに選別されているが、表やグラフ化もされており理解を助けてくれる。しかし、斜め読みでは著者の意図するところの理解は十分とはいえない。この多忙のとき、たまには立ち止まってデータをじっくり解読し、通説の誤りの根元を見出していくのもよいのではないかと思われる。
新書の形態をとっているだけに、確証バイアスの克服の仕方について、十分触れられているとは必ずしも言えない。しかし、政治の分野でのデータの触れ方について、多くの示唆が得られるとともに、現代の日本政治の深層を読み解くのに大いに参考となるものである。データや統計は苦手とされる読者は、筆者には叱られかも知れないが、それらを読み飛ばしていっても、十分理解が得られる良書といえよう。



注 菅原 琢 著『世論の曲解〜なぜ自民党は大敗したか』光文社新書2009.12.20
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