新選組雑記!

このページは新選組にまつわる私見をダラダラ書いて行こうと思っています。
前置(戯言故)

史実と言うものは、伝承のされ方によってかなり後世では不明確な情報になってしま
います。 この新選組に関しても、逆賊にされてしまった事も在って、記録が曖昧に
なってしまっている部分が多くあります。
永倉新八の記録と言えども、本人が可也高齢になってからの記録で在ると共に記事に
する記者の私見要素が含まれてしまっている様で、すべてが正しいとは言い切れない
ようです。実際に我々も昨日の事柄が何時でも正確に思い出せる筈も無く致し方の無
いこととは思いますが、それよりも、その記述の内容の認識の相違によって論争が起
きてしまったりする事が惜しまれます。
ネット上では誰もが簡単に意見を述べることが出来ますし、多くの情報が手に入るの
は良いのですが、礼を欠いたものも多く在り、個人の責任と言うものをもう少し考え
てもらえたらと感じずにはいられません。
しかし、出版物と言えども最近はその例に漏れないものも在るようで、内容のチェッ
ク(考証)を行える者が居ないにしても、断定的過ぎる物や(基の資料その物が完全
では無いと言う事が通説となっているにも拘らず。)、個人に迷惑が及ぶ可能性の在
る内容に関してはチェックして頂きたいものです。
若い方々は真実・事実は一つで在ると考える方が沢山いらっしゃいますが、誰がその
事実を見るかによって大きく変化してしまうものですし、文章の書き方によっても受
けて側としては変化してしまう事も在ります。
そう云った部分を踏まえて頂ければと考えざるを得ません。

このページは、基本的な史実の解説は致しません。
実際にしようとすると、子母澤的にはこう云っているが、創作の可能性あり。
別にはこんな説も在る。等とどんどん説明のみで大量な文章が必要で、意見を書きた
くても、そこまで届かない予感がします。
大河を追掛けてと言う方法が、去年は在ったかも知れませんが、これだけ新選組に関
するページが増えてきた中で、殊更書かなければいけない事柄は在りませんし、受け
売りの様にもなってしまいそうなので、勝手に書いて行こうと思います。
実際の書籍でも、色んな処から持って来ただけのものや、オリジナルな部分は可也
しょうも無い、何を書きたかったのか判らない学芸会の台詞みたいな物も読まされて
しまっていますので、このページでは勝手な感想や意見のみを書いていきます。
感想などはネタバレになる部分も含まれてしまいますので、老婆心乍・・・
流山陣屋跡













この場所にはなぜか最近良く行くようになったのですが、大久保大和が西軍に身を投
じた地であり、内藤隼人との別れの地である事で知られています。
最近になって、恩田家文書と言う物が見つかり、そこには流山の人から見た大久保の
軍と西軍の経緯が記録されています。
(この文書は、流山市立博物館に展示されています。この文書は基本的に天気等を

録したもので、他の日付の内容は天気等ばかりでした。他の部分に別の記述が在る

もと考えていましたが、他には記述された箇所は無いようです。)
そもそも、そう言った部分に拘ってしまうには訳が在ります。
何故、大久保大和は単身投じたのか?
西軍は何故、その程度で済ませてしまったのか?
この辺りは、記録も曖昧な処があり、かなり大きな転換の部分だと思える割には、蔑
ろにされてしまっていると思えてならないです。
記録が少ない為に仕方の無い面も在りますが、この辺りになると、既に落ち延びて来
ている印象は拭いきれないものがあり、興味の対象から外されてしまうのでしょう
か?
しかし、自分としては流山のイメージによって近藤勇の印象はかなり変わってしまっ
ているように感じます。
これを境に近藤時代は終わり、土方、戊辰へと新選組好きの人の気持ちも流れて行

ようです。

この時期、表立っては新選組ではありませんし、近藤勇も大久保大和であり、土方歳
三も内藤隼人です。 しかし、過去の書籍等では判り易さの事も在ってか、近藤勇で
あり土方歳三であり、新選組と書かれてしまいますので、大久保と言う性は近藤を偽
る為の様に聴こえますし、投降と言う言葉そのものがイメージを確定させてしまって
います。
身を投じる部分は不明ですが、その後の処遇は大体判っています。
その範囲で考えるとしても、捕縛されたのは加納鷲尾が首実検を行い、大久保と近藤
が同一人物である事が判明した為で、それまでは正式には捕縛では在りませんから

降とはいえないと思います。
有馬藤太が残した文書に初めから自分には近藤である事は判っていたと言う書かれ

がされていますが、確認が出来ていないにせよ、もし、近藤勇ではないのか?
と言う疑問が上がった場合に、他の隊士に対して一切関わらず、大久保のみを捕らえ
るのはチョット疑問です。
古参の新選組隊士で在ればすべてが可也の大物と言える訳ですし・・・
新選組かもしれないという疑問が在った場合、本当にこのような対応が自然とは考え
づらいです。敵の大将さえ捕らえれば勝ちと言う、古来戦国の考え方だったのでしょ
うか?

越谷宿や板橋に向う途中等で近藤では無いか?
と言う展開が在ったので在れば、問題は減るのですが・・・・
もし、有馬藤太が初めからある程度感付いていたとしたら、どうでしょうか?
何を根拠に感付いたのでしょうか?

その後すぐに内藤隼人は勝海舟に会見しますが、私見ですが大久保と事前に打ち合

せがあり、何か在った場合には勝を訪ねる様にと言う事ではなかったのではないかと
考えています。
その後の土方の行動に関しても、この会見は大きく影響している様に思えます。
近藤を斬首した理由を有馬藤太に訊かれた香川敬三は「近藤を生かしておくと、それ
を監視するために、莫大な兵力を要するから、仕方なく斬った」と、言ったそうで
す。
この言葉が100%そう思っていたとは思えませんが(坂本竜馬暗殺は新選組だと考
えていた為)監視が大変と言う事も実際には考えられます。
近藤を取り戻そうと幕軍が攻撃を仕掛けて来る事を予想しない訳には行かなかったと
考えられますが、実の処、既に土方隊は宇都宮から会津方面に居た訳で・・・・
近藤の処遇の判らぬ内に旧幕軍と合流し行動を共にしているには、勝との会見の中

理由が在ったのか、流山で近藤と最期に話しをした内容に行動の答えが在るのだと

います。人によっては、流山以降の行動は土方独自のものとされますが、近藤や勝と
の会話に、そのきっかけとなるものが在ったように思えてなりません。


ここでひとまず、整理して置きたいと思います。
内容的にまとめる為ではなく、気になる点の列挙と言う形になります。

1、五兵衛新田より流山に入った部隊を現在では新選組と言っておりますが、当時は
幕府反乱軍ではないかという認識であった事。(恩田家文書にも新選組の文字は見え
ない。)
2、大久保大和、内藤隼人として行動している為、一般に云う程近藤、土方とした認
識はその地域には無かった。(恩田家文書にも大久保、内藤の名が見える。)
3、投降の為の手筈を整えている最中に他の隊士を逃がしたと言われるが、陣は完

に包囲されており、他の流山寺、光明院に居た兵や練兵に出ていた者は逃げる事が

来ただろうが、本陣の者は到底逃れることは出来なかったと思われる。
4、西軍はどの時点で大久保大和を近藤勇と同一人物として考え始めたか?
5、西軍(この場合有馬藤太)は何故大久保大和のみを連れ帰ったのか?
6、近藤と土方は何を話し合ったのか?

自分としては、何故ここで袂を別つ事になったかを、もう少し納得出来る様にしたい
と考えています。現在迄の説に関してとしては、もう一つ納得が出来ないような気が
してならないのです。
実際には、本当にそうだったのかもしれませんが・・・・
もう少しこの場面でも近藤勇が近藤勇らしく在った事を留める事は出来ないものかと
考えています。
やはり、近藤勇が戦に疲れ投降した等と当たり前のように書かれた物が横行する事

対しては憤りを感じずには居られません。
壬生義士伝
原作は読んでおりませんので、その差異などに関しては判りませんが・・・
先ず印象に残ったのが、画面がしっかり出来ていてセットの狭苦しい感じが無く世界
観が伝わってきます。この点は明治のセットに関してはそこまで出来て居らず、狭苦
しいのですが・・・しかし、ここから回想に入る際に画面がパッと広がり、年老いた
イメージから若々しい快活な画面に切り替わるのはとても良いです。
とにかく佐。浩一の斉藤一がカッコ良く描かれていてカッコ良すぎです。
この映画は絵としてちゃんとしていて、絵になる場面が多々在ります。
特に吉村貫一郎が西軍に大小を抜いて切り込みをかけるシーンはスモークの効果を巧
く使い素晴しい絵になっています。
ちょっと気になったのが、吉村が試験を受ける際、既に人を斬って来た剣だ!と、思
う事になっているのですが、いつの間にそうなったのか不明で彼の2面性の表現につ
いて説明が不足して居ます。原作ではどう書かれているのでしょうか?
それまでの流れでは人を切る様な状況になった事すら無い様に描かれています。
もう一つは、これは仕方が無いのですが、吉村の方言が良い雰囲気を出しているので
すが何を云っているのか判らない事です。
特に切腹前の独白に関しては半分位しか意味が判らない為にかなり弱りました。
ここは肝なのに・・・・
この映画、評価としては二分するようですが、自分としては良いと思いました。
一番の理由はやはりTVのドラマ風では無く、ちゃんと映画になっていると言う事で
す。DVDで観たので、映画館で観たかったですね。
賛否在る様ですが三宅裕二はとても良かったと思います。
NHK大河ドラマ 新選組!
これ関しても色々ですが、個人的にとても良く出来たドラマだと思いました。
制作の企画の部分でも既に今迄のものとは異を放っておりますが、特に史実の年齢と
役者の年齢を近付けると言う試みは評価出来ます。
この部分からしか見ることの出来ないリアリティと言う事も多いのでないでしょう
か?
今迄の時代劇や大河とイメージが違うと言われても、この部分は譲れないポイントだ
と思います。何しろ近藤も土方も亡くなったのは35歳で、実際に活躍したのは30
そこそこの頃なのですから。
この企画には、今の試練はより良き未来を得るため―― そう信じて進む若者たちの
エネルギーが今こそ必要です。
 41年目を迎える2004年(平成16年)の大河ドラマは、「未来に期する」若者たちの
熱い思いを描きます。今の若い人達に時代に翻弄され、時に喜び、時に挫折しながら
も、最後まで未来を信じて生きス若者たちの熱いエネルギーのほとばしりを描きま
す。
と、在ります。
この企画の意図は素晴しく、作品もそれを達成することが出来たのではないでしょう
か。
もう一つは、基本的に良い悪いと言う事で描かずに、単なる悪人を造らずに纏めた事
は、素晴しい事だと思います。悪く思われてしまう登場人物も居るには居ます
が・・・
今までは新選組側から描くか薩長土から描くかで相手方の顔つきさえも変わってし
まっていましたが・・・
このドラマを見て、時代劇等の制作に関して一石を投じる事になれば良いと思いま
す。
が、視聴率の事も在り、それはやっていけない事になってしまうと困るなー


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