バーブラ・ストライサンド アルバム紹介


Barbra Streisand...And Other Musical Instruments(1973)


バーブラ・ストライサンド5本目のテレビスペシャル『バーブラ・ストライザンドとミュージカルの世界』のサウンド・トラック。とはいえ収録されたバージョンはテレビ番組のものとはかなり違っているそうですが(筆者も未見なのでどれがどうとは言えないのですが)。

でもこのタイトルって大幅な意訳ですよね。確かにバーブラの代表作「ファニー・ガール」をはじめいろんなミュージカルの曲を散りばめてはいますが、もともとはバーブラを一つの「楽器」と位置づけ、よく知られた楽器もあまり知られていない楽器も、楽器でないものまで楽器として紹介してしまおうという野心的な(無謀な)番組なのですから、やっぱり「バーブラ・ストライサンド...そして他のさまざまな楽器」くらいでよかったように思います。

番組は1973年5月にロンドンのElstree Studiosで8日間にわたって収録。制作者は大成功を収めた"My Name Is Barbra","Color Me Barbra"の監督、Dwight Hemion氏。完璧主義で知られる二人のこと、23回も撮り直した曲もあったようですが、本人達はともかく付き合わされたスタッフは大変だったでしょうね(笑)。

内容的にはこれまでのテレビスペシャルとは違って、educationalな要素が強いように思います(今の言葉で言うとedutainmentか?)。本当のところはよく分かりませんが、7歳になる息子Jasonのために、バーブラはストライサンド版「セサミ・ストリート」を作りたかったのではないでしょうか。前作の"Live Concert At The Forum"でもセサミ・ストリートについて言及していましたが、当時のバーブラが一人の母親として教育に興味を持っていたとしても不思議ではありません。筆者としては「題名のない音楽会」や「オーケストラがやってきた」「音楽の広場」辺りとイメージがダブるのですが(笑)。

音楽的には"Stoney End"辺りからとみに目立っていた高音部での鼻声が陰を潜め、円熟味を帯びた声質と存分にコントロールされた息遣いが最盛期のバーブラの片鱗をうかがわせていますが、アレンジに問題があることは否めないでしょう(これはアルバムを聴いての感想なので、映像を観ればこれはこれで興味深いものなのかもしれませんが)。番組の目的(世界中のいろんな音楽スタイルを東西さまざまな楽器で紹介する)からすると避けられないことではあるのですが、もっとシンプルかつオーソドックスなアレンジで、掃除機や電動ハブラシみたいなノイズ(爆)に邪魔されずに、純粋にバーブラの歌声を堪能したかったと切に思ってやみません。選曲自体はいいのですから。またジャケットもなんだか時代がかってますよね。"Stoney End"や"フクロウと仔猫ちゃん"でようやく"今"の人になったのにあの髪形とドレスはないでしょうと思うのですが...。

このように賛否両論に分かれたテレビスペシャルではありましたが、この番組が放映された1973年11月2日は映画「追憶(The Way We Were)」の公開一週間後にあたり、とてもよくパブリシティが考えられていることに改めて驚かされます。またレイ・チャールズとのシーンは当時から名場面と言われ、このアルバムにこそ収められませんでしたが、そのうちの1曲"Cryin' Time"がまずは"Just For The Record..."に、続いて"Duets"に収められたのはファンとしても喜ばしいことでありました。

このスペシャルを以って「10年間に1本ずつスペシャル番組を作る」というCBSとの契約も切れ、バーブラはますますテレビから遠ざかることになりますが、この番組はバーブラ側から制作会社に打診したようで、彼女自身が"Just For The Reconrd..."に寄せているコメントからも分かるように、彼女自身この番組を「今でも誇りに感じている」ようです。筆者としては特におすすめしないアルバムではありますが、DVDが出たらやっぱり観てみたいなと思っています。

アレンジはKen and Mitzie Welch夫妻、オーケストラの指揮はJack Parnell氏。売上的には振るわず、ビルボードアルバムチャートでの最高位は64位、ゴールドアルバムも未獲得です。バーブラのマネージャー、マーティー・アーリッチマン氏自らがプロデュースし、彼は電気洗濯機の操作でも曲に参加しています。

 1.Piano Practicing [2:27] (L. Okun) 
 テレビではここからがAct2。この早口、何か思い出しませんか?そう、"The Minute Waltz"のLan Okun氏の作品です。ハノン風のメロディーはピアノを練習したことのある人なら誰でも子供の頃のちょっと億劫な気分が懐かしさとともによみがえるのではないでしょうか?でもこの曲「ピアノの練習」の前に発声練習もついてるんですよね(笑)。

 2.I Got Rhythm [1:24] (I. Gershwin / G. Gershwin) 
 ここから7曲目までは大メドレー。まずはガーシュウィン兄弟のミュージカル"Girl Crazy"からの名曲を余裕たっぷりに。こういうのを聴くと、バーブラはやっぱりロック/ポップス畑の人ではなく、ミュージカル/スタンダード畑の人なんだなと改めて感じます。途中の"nine, ten"の掛け声ですらハマっています。

 3.Johnny One Note/One Note Samba [3:40] ("Johnny..." - L. Hart / R. Rodgers; "One..." - A.C. Jobim / N. Mendonca / J. Hendricks) 
 インドのシタールに乗せた"Johnny〜"からサンバの南米なリズムへの展開は違和感がありながらも面白いといえるかも。でもラストのおどけっぷりはなんなんでしょう。インドの人に失礼だと思うぞ。前者は"Babes In Arms(1937)"からの1曲。後者は動静の対比に満ちた曲の構成とメロディーと伴奏部の対比が見事で、さすがボサノヴァの神様といつも感心してしまいます。

 4.Glad To Be Unhappy [2:43] (L. Hart / R. Rodgers) 
 一応「日本」風ということになるんでしょうね。解説にも三味線や琴に彩られた歌舞伎サウンドと書いてありますし。でも当の日本人から聴くとどうも中国と混同されているような気がするんですよね。曲自体は1936年のミュージカル"On Your Toes"から。

 5.People [1:51] (B. Merrill / J. Styne) 
 これはトルコ=アルメニアの味付けで。曲は言わずもがなの「ファニー・ガール」より。

 6.Second Hand Rose [0:16] (G. Clarke / J.F. Hanley) 
 "My Name Is Barbra,Two"以来の御馴染み曲をカスタネットでスペイン風に味付け。映像的にはフラメンコにも挑戦しているようです(!)。まぁ情熱的ではありますが西洋音楽の範疇内なので他の曲に比べると違和感なく受け入れられます。

 7.Don't Rain On My Parade [3:41] (B. Merrill / J. Styne) 
 「ファニー・ガール」より。こうバーブラの代表曲が続くとバーブラのベスト盤と勘違いしてしまいそうですよね(実話系)。今度はネイティブアメリカンのリズムです(CDの表記では"American Indian"ってことになってますけどちょっとPolitically Correct入れてみました)。そして曲は再び"I Got Rhythm"へ。バグパイプの音も聞こえます。最後の23秒続けるロングノートはバーブラ史上最長です。

 8.Don't Ever Leave Me [0:41] (O. Hammerstein II / J. Kern) 
 レコードからはここからがB面(テレビではAct3)。11曲目まで「孤独」についての曲が並びます。曲は1929年のミュージカル"Sweet Adeline(1929)"より。"A面"に比べると少しは落ち着いて"音楽"が聴けます。

 9.Monologue (Dialogue) [0:46] 
 一人でいることについての独白。

10.By Myself [1:54] (H. Dietz / A. Schwartz) 
 "You and the Night and the Music"で有名なコンビの曲。"Between the Devil (1938)"より。"ウルトラモダン"とCDの解説には書かれていますが、今となっては却って古びて聞こえます。しかしバーブラの歌声自体は暗い情熱すら感じさせてなかなかのものではないかと思います。

11.Come Back To Me [1:38] (A.J. Lerner / B. Lane) 
 「晴れた日に永遠が見える」でイヴ・モンタン演じるシャボー博士がパンナムビル(今はMetLifeビル)の屋上で歌っていた曲です。こう言ってはモンタン氏に失礼かもしれませんが、やっぱりバーブラの方が上手ですね。エコーを使ったサウンド・プロダクションは音楽的には騒がしい感じすら覚えますが、どこに行ってもシャボー博士の声から逃れられないデイジーのいらだちを表現するならむしろ説得力のあるアレンジなのかもしれません。

12.I Never Has Seen Snow [5:07] (T. Capote / H. Arlen) 
 このスペシャル中のハイライトの一つ。1954年のミュージカル"House of Flowers(1954)"は商業的には決して成功作と言えなかった作品ですが、バーブラは "A Sleepin' Bee"や"Don't like goodbyes"、タイトル曲も歌っていますし、並々ならず愛着を抱いているようです。テレビでは13と順番が逆転しており、13の後で歌われたようです。

13.Lied: Auf Dem Wasser Zu Singen [1:32] (F. Schubert) 
 テレビではここからがAct4。「歌曲の王様」シューベルト屈指の名曲として日本でもいろんな場面で耳にする曲です。途中でおちゃらけてしまうのが残念ですが、これが"Classical Barbra"へのきっかけとなったことは間違いないでしょう。歌詞は夕暮れの舟遊びを歌ったもので、ほぼ同じテキストが繰り返されながら、人の命の儚さを憂えています。 曲は3節からなる有節歌曲で、ハープシコードで演奏されている(元来はピアノ)伴奏が夕日にきらめくさざ波を模したようで印象的です。邦題「水の上で歌う(D.774 Op.72)。1823年作品。

14.The World Is A Concerto/Make Your Own Kind Of Music [4:02] ("World..." - K. Welch / M. Welch; "Make..." - B. Mann / C. Weil) 
 これがまたうるさいんですよね。"The World〜"はこのスペシャルを仕切っているWelch夫妻の曲。メッセージはよく分かるのですが、別に掃除機やら洗濯機をわざわざ楽器に仕立てなくてもいいと思いますよね。各々自分の持ち場ではきちんと役に立つものなんですから。モーツァルトのお父さん、レオポルドの「オモチャの行進曲」のレベルまで仕上がってれば楽しいですが、この曲は残念ながらその域には達していません。因みにアルバムジャケットの写真はこの曲のイメージを捉えたもののようです。

15.The Sweetest Sounds [2:55] (R. Rodgers)
 邦題「美しき調べ」。バーブラが最優秀エンターテイナー賞を受賞したときに"Friars Club Tribute"でリチャード・ロジャース氏が替え歌を訥々と歌ってましたよね。24声のコーラスを従えたバーブラは異常なまでの美しさで最後の最後で音楽的にも救われた気がします。1962年のミュージカル"No Strings(1962)"より。

※この盤に収められなかった曲には以下のものがあります。
Act 1: "Sing/Make Your Own Kind Of Music"
Act3 : (11に引き続いて)"Look What They've Done To My Song, Ma","Cryin' Time","Sweet Inspiration/Where You Lead"(すべてRay Charlesとの共演)
Act 4 : (12と14の間で)"On A Clear Day, You Can See Forever"




トップへ
戻る
前へ
次へ