Last update: 15/06/2002

 

はじめに

 僕は,最近よく若い音楽家の打ち込み作品を聴く機会があります.いまでは機材も一昔前に比べるとずいぶん安価になって,きらびやかなストリングスやゴージャスなパッド,リアルなギターやピアノを入れてくる人も多く,またローファイで太いキックやアナログシンセのシミュレーションなんかも実によく出来ていてあんぐりと驚嘆させられます.一方で,年寄りの冷や水かも知れないけど(爆)ひとつどうしても気になることがあった.それは,「目に見える」部分だけを作り込んでいる人が多いということ.たとえば聴かせたいと思うメロディの後ろにはコードとリズムしか入っていなかったりして,せっかくのメロディがいたく可哀想に思えてきます.

 音楽を料理に譬えるならば,下ごしらえの部分に手を抜いているとしか思えません.或いは,映画や小説に譬えようか・・・ひとつの物語が進行しているときに,その伏線となるもうひとつの物語--- これを仮に“another story”と名付けましょうか---が無くては,どんなに立派なひとつのエピソードでも観客や読み手は退屈して眠ってしまいます.そこで,僕がどんなanother storyを曲に散りばめているか,全打ち込みであり皆に知られている“presto”を例にあげて説明していこうと思います.ちょうどピアノ譜もリリースしたことですし,照らし合わせていただくのも一興かと.ピアノはどちらかというと主役の部分だけど,ここに挙がっているのは脇役やちょい役の面々だからね.でも名脇役あってこそ物語も引き立つというものではないでしょうか.打ち込みによる音楽制作を志している若い諸氏にとって少しでもインスピレーションを与えることになれば幸いです.
 自分の手の内を明かしてしまうことについて最初は躊躇もしましたが,皆さんにとっても「え,こんな音が入ってたの?」という発見があるかも知れませんし,普段なかなか完成形しか呈示することの出来ないアレンジャー=編曲者としての僕も知ってもらえることはやはり喜びです.そして,1999年の暮れの自分がどんな仕事をしていたのか,当時のファイルを開くことによって昔の自分への旅をすることにしました.今より貧困な機材のスペックで,よくやっていたなぁという智恵への旅です.

 ここにあげたmp3群はすべてbeatmania IIdxにおける“presto”のアーケードならびにサントラ盤で実際にレコーディングに使われた音です.エフェクトやバランスもまったく手を加えていません.また,小節番号は楽譜集“finger strokes”に対応しています.
 また,このコンテンツはあくまで作曲,編曲,サウンドメイキングの観点から書かれたもので,beatmania IIDX(TM)の筐体へのプログラミングの技法・手法については触れていません.それらは(株)コナミの財産とされる部分を含んでおり,勝手に僕がここで提供してしまうと商標法や刑法235条(窃盗罪)に抵触するおそれがあります.どうかそのへんに関する質問等もご勘弁願いたいと思います.


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Logicのアレンジウィンドウ: audio(92k) sequences(88k)

Logicのミキサーウィンドウ: (124k) (136k)

VSTプラグイン: メインリバーヴ (TC Native Reverb) セッティング (48k)

 prestoのほとんどの音色はLogic Platinum上に書かれたシーケンスによって発音され,Panasonicの業務用DAT SV-4100のA/Dコンバーターを使って44.1kHz,16ビットでLogicのオーディオファイル化され,最終的にはLogicのデジタルミキサーを使ってmixされました.当時はVSTインストルメントなんてものもあまりなかったので,ほとんど一旦アナログに落としてから取り込まれました.(画像はLogic Platinum5.1.3ですが,presto制作当時はまだ3.7.1でした)

 

 イントロの個性というか,匂いを作っている重要な要素がフィルターのかかったリズムのループです.これは,既存のサンプルCDのループを利用したものなんですが,実は2段階の処理をしています.

1)まずダイナミックフィルターをかける.Logic PlatinumのAutoFilterを使って,エンヴェロープに反応してcutoff周波数が動くようにします.まだ下ごしらえなのであまり深くかけないように...あくまで動きを付ける程度です.
2)次にミックス時に他の音と混ぜながらNorth Pole(独PROSONIQ社)VSTをかけて,レゾナンスを付けてcutoff周波数をマニュアルで動かし,Logicのオートメーションに書く.特にストリングスの抑揚と呼吸を合わせて膨らみを付けるような感じで.単体では1だけのほうがカッコよく聞こえるかも知れませんが,2をかけてややこもってしまった音のほうがオケの中では存在感が増すから不思議です.

♪ ダイナミックフィルターをかけただけのループ(MP3; 116k)

♪ さらにNorth Poleをかけたループ (mp3; 116k)(MP3; 116k)

 ゲームでは叩かされるハープシコードの音色ですが,実は完成間近になってdjTAKAの意見で追加されたものです.イントロの前半と後半の色彩をくっきり分ける素晴らしいアイディアだと思います.これはKorg T2.打鍵したときだけでなく,ちゃんと鍵盤が戻る時のハンマーのノイズも入っています(これ重要).ヨーロッパの石造りの建物を思わせるひんやりしたリバーヴは実は内蔵のものをそのまま使いました.S/Nこそ悪いけど,こういうときはあまり深く考えずに良しとしましょう...

♪ イントロ・ハープシコード (MP3; 200k)

 そして弦です.リアルなストリングスですがもちろん打ち込みです(泣)...だって予算がぁ!
 これはMiroslav VitousのサンプルUnity DS-1で発音させてデジタルバウンスしたものに,ドイツのAKAIがS900のために作ったライブラリーをうっすらと足しています.前者が「鳴り」の部分,後者がtexture(質感=弦と弓がこすれる松ヤニくさい感じ)をそれぞれ担っているのです.
 ちなみにこのVitousのライブラリーはヴァイオリン,ヴィオラ,チェロ,コントラバスとすべて別々に,さらに奏法ごとに分類して録られているので,普通のシンセの「ストリングス」なんかみたいにべたっとコード弾きしてもちゃんと鳴ってはくれません.ちゃんとスコアを組み立てて音域ごとに動きを作ってあげることが必要です.上のアレンジウィンドウのシーケンスを見て下さい.ちゃんと楽器ごとに別々になっているでしょ! 終わりの2音くらいをオクターヴでユニゾンにしてあげるのがミソ.

♪ イントロ・弦 (MP3; 344k)

 

 prestoのキャラクターに重要な割合を占めているのはバロック的なクラシックの色彩です.当然リアルな音色も要求されますが,それ以上に大事なのは旋律です.パッとこれだけ聴いたときには別の世界のようだと思うでしょうが,我ながらジャズ的なリズムの背後にみごと融け合わせることができたと思っています.

♪ 管楽器群(bar#19-28)(MP3; 288k)

 音源はMiroslav VitousのフルートとトロンボーンをPCIバスに積んだSampleCell/IIで発音させ,いったんアナログ卓に立ち上げてから微妙にフェーダーを動かして抑揚を付けています.デジタル上のオートメーションでは出来ない「ふうっと石に電圧がかかって熱くなった感じの(TaQの言葉を借りると)」膨らみ方を求めたからです.ついでに弦楽器は何をしているかと云うと,

♪ 弦楽器群(bar#24-28)(MP3; 164k)

♪ 間奏の弦セクション(bar#29-36)(MP3; 232k) および弦スコア ←クリックすると拡大します.

 スコアを見ると解るとおり,bar#33-34ではヴァイオリンをディヴィジして(1つのパートをさらに分ける)動きをわざと見えにくくしたかと思ったら,bar#35-36では第1,第2ヴァイオリンをオクターヴユニゾンにして強調してコントラストを付けているのですよ.

♪ エンディングの弦+管楽器 (bar#45-end)(MP3; 280k)

 ちなみに,この曲の弦と管はbusに送って1つの共通のリバーヴをかけています.ふたたびPROSONIQのRoomulatorです.シュワシュワシュワとしっぽの長いリバーヴやヨーロッパ的ひんやり部屋を得意としますが,音数が多い曲であまりかけすぎるとただ音が濁るだけというちょっと難しいプラグインです.セッティングの画像はこちら (64k).

 

 prestoにはメインのドラムやループの他にもたくさんの打楽器が入っていますが,間奏からピアノソロに流れ込むところを例にとると・・・

♪ Sub-percussions(bar#33-37) (Mp3; 224k)

 4分打ちのキックなんてこの曲を作るまで一度も使ったことなかったよ(笑)音源はKoblo9000を使ってシンセサイズしました.サンプルではありません.ちょっとベンドをかけてピッチを動かしているのがポイント.

 

♪ Drums Only(bar#37-end)(MP3; 464k)

 これはピアノソロからエンディングまでのdrumsだけを抽出したものです.ぜんぶリアルタイム手弾きで打ち込みました.このくらいのパターンは鍵盤に向かって「せえの〜ぉ!」で弾けるようにしておきましょう!
 サンプルはほとんどがBob Clearmountainのもの.タムだけRoss Garfield Drum Doctorのもので,これはリリースがたっぷり録られていて,リバーヴなしでも十分響きが感じられます.メイクなしでも艶っぽい女性のようです(爆)シンバルはSabianというシンバルメーカーがreferenceのために作ったという2枚組のCDからサンプリング.これもたっぷりの長さ.drumsだけまとめてSteinbergのMagnetoというプラグインをかけて,アナログのテープにハイレベルで録ったような歪む一歩手前のドライブ感を出してみました.(セッティング画像はこちら)そのためシンバルが若干汚れた音になってしまっている箇所がありますが,こうしたところをそのまま目をつぶって残す心意気も大事なことなんですよ.

 

Q:え? シンセのパッドなんて入ってた?
A:ええ,実はたった4小節だけ入っています.間奏が明けてピアノがアドリブソロに走るところで,ソロによるコード感の喪失を補うために3〜4声で動かしています.トップノート(最高音)はできるだけ動かさず,出しゃばらなくしていますが,内声とルート音を合わせて動かすことでコード的機能を重視したアプローチです.
 音源はKorg T2のソフトなSynStringsに,Waldorf MicroWave(初期型)のシンセを若干フィルター開け気味にして芯として混ぜています(アナログでmix).Logic内でintensityを強めにしたフランジャー的なchorusをかけて,ややプログレっぽい音に仕上げています.ここも4小節ですが半日かかってしまった部分です.

♪ シンセパッド(bar#37-40)(MP3; 132k)およびスコア ←クリックすると拡大します.

 

♪ piano solo & bass (bar#36-end) (MP3; 508k)

 ジャズで重要な要素のひとつに'interplay'というのがあります.つまり,演奏は一人でするもんじゃない.お互いをよく聴いて,アンサンブルとして音楽を作っていくのです.それが典型的に現れるのがピアノとベースの絡みでしょう.不幸にも(?)打ち込みで音楽を作らされる場合,それぞれのパートのinterplayをどう再現していくかは難しい課題です.
 fillを足していくのではなくて,できるだけ単純なモディファイや聴かせどころへの注意深い気遣いによって,シーケンスはそれでもグルーヴすることができます.その例として自信を持ってピアノとベースだけを抜き出して聴いていただこうと思います.

 ピアノはマイアミに住む知人が自らのSteinway & Sons D40をサンプルしたものを送ってもらい,ここもSampleCell/IIで鳴らしています.A/Dで取り込んだあとLogicのEnergizerをほんの9%ほどかけて,長いリバーヴをかけずとも音像が大きくなるようにしています.特にゲームの筐体に入ったらモノラルで発音されることも多いので,ステレオイメージに依存した音づくりは危険ですから.
 ベースはウッドベースをライン録り音,マイク録り音と2chで録ったサンプルで鳴らして混ぜ,さらにWaldorf MicroWaveのシンベをフィルター閉じ気味にして若干足しています.サンプルだけで曲を作っていくとついつい周波数が中域に集まっていくので,特にゲーセンなどで音圧感を出すためにはシンセの成分が効果的なことがよくあるんです.つまりアタックは生のサンプリング音を生かし,リリースはうなるようなシンベの低域を生かすという訳です.さらにトータルにWavesのRenaissance Compressor,英オックスフォードMDAの真空管シミュレイター(フリーウェア)などのVSTプラグインで追い込んでいます.EQのセッティングはこちらを参照.

 

 こんなとこかな.音楽制作に興味のない人はちょっと退屈してしまったかも知れないけど...質問等は気軽にメールください.すぐに返事はできないでしょうけど.

 次回は“Vienna解体新書”かな・・・ウソ,いつんなるか判んねーよ.これでも結構時間かかってしまったので(笑)