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■ 文学 出版 ■

名前

生年月日

出身地

出身校

略歴 業績 地元ネタ

吉田東伍

1864年4月14日
(〜1918年1月22日)

北蒲原郡安田町


『大日本地名辞書』の編纂者。歴史地理学者。図書館での独学で地元の小学校教員となった後、上京し読売新聞記者に。さらに独学で歴史地理学に取り組み、明治政府もあきらめていた日本全国の地名を網羅する研究に着手、文字数1200万字、総ページ数5000ページを超える大辞典を13年間かけて完成させた。その偉業により文学博士の学位を授けられ、晩年は早稲田大学の教授に就任。安田町の生家は現在、吉田東伍記念博物館となっている。

會津八一

1881年8月1日
(〜1956年11月21日)

新潟市

早稲田大学英文科

歌人、書家、美術史家。新潟市古町通の生まれ。新潟市名誉市民。

小川未明

1882年4月7日
(〜1961年5月11日)

上越市

岡島小学校(現・上越大手町小学校)、高田中学(現・高田高校)中退、早稲田大学英文科

小説家・童話作家。春日神社の神官の家に生まれる。『赤い蝋燭と人魚』など童話を芸術作品にまで高め、“日本のアンデルセン”と評されている。「未明」は一般的には「みめい」と読まれているが、名付けた師の坪内逍遙は「びめい」と読ませるつもりだったらしい。

相馬御風

1883年7月10日
(〜1950年5月8日)

糸魚川市

糸魚川高等小学校、高田中学(現・高田高校)、早稲田大学英文科

詩人、歌人、評論家。作詞したものには童謡『春よ来い』や早稲田大学の『都の西北』をはじめ約200校の校歌も。大学卒業後、『早稲田文学』の編集や自然主義評論家として活動。30代半ばの頃、糸魚川に戻ってからは良寛の研究に没頭し、『大愚良寛』などを著した。また、『古事記』に記されている高志国の女王・沼河比売(ヌナカワヒメ)の物語と糸魚川市にある奴奈川神社の関係に着目し、それまで日本では産出しないと考えられていたヒスイ発見のきっかけを作った。糸魚川市に相馬御風記念館あり。

諸橋轍次

1883年6月4日
(〜1982年12月8日)

南蒲原郡下田村

新潟師範学校、東京高等師範学校(東京教育大学の前身、現・筑波大学)

漢学者。見出しの漢字だけで5万字を集めた漢字辞典『大漢和辞典』(大修館書店)の編纂者。都留文科大学初代学長。1965年、文化勲章受賞。下田村では博士の生家周辺を「漢学の里」とし、諸橋轍次記念館などを整備。

林 不忘

1900年1月16日
(〜1935年6月29日)

佐渡郡相川町

函館中学

作家、翻訳家。父・長谷川淑夫が函館新聞の主筆に迎えられ、函館に移住。函館中学で中学のストライキ事件に関係し退学となる。1918年、渡米。アルバイトをしながらオハイオノーザン大学で7年間英文学を学ぶ。帰国後、『釘抜藤吉捕物覚書』を発表。1927年から東京日日新聞に『新版大岡政談・鈴川源十郎の巻』を連載、1933年、その続編となる『丹下左膳』を毎日新聞に連載し、人気作家に。ペンネームを3つ持ち、林不忘では時代小説、牧逸馬の名で推理小説、谷譲次では“めりけんじゃっぷもの”とジャンル毎に使い分けていた。

小田嶽夫

1900年7月5日
(〜1979年6月2日)

上越市

東京外語学校支那語科

作家。中国の領事館に赴任。1936年『城外』で第3回芥川賞受賞。

坂口安吾

1906年10月20日
(〜1955年2月17日)

新潟市

新潟尋常高等小学校、新潟中学、豊山中学(転入)、東洋大学印度哲学倫理学科

『桜の森の満開の下』『白痴』『堕落論』などを発表し、太宰治らとともに「無頼派」と称された作家。安吾の眠る坂口家の墓は新津市に。詳細な略歴(意味が矛盾・・・)はこちら。兄の献吉氏はBSN新潟放送の初代社長。

山岡荘八

1907年1月11日
(〜1978年9月30日)

北魚沼郡小出町


作家。1933年『大衆倶楽部』を創刊し編集長に就く。1950年から17年間、新聞に連載した大河小説『徳川家康』は“家康ブーム”を引き起こし、NHK大河ドラマ『徳川家康』(1983年)の原作となった。他に、大河ドラマ『春の坂道』(1971年)、『独眼竜政宗』(1987年)の原作にも。

池田恒雄

1911年5月3日

北魚沼郡小出町

小千谷中学(現・小千谷高校)、早稲田大学文学部

ベースボール・マガジン社および『新潟発』など新潟県関連の出版物も多い恒文社の創設者で、現在は会長。「出版活動でフェアプレーの精神を広く伝えた」として、1989年に野球殿堂入り。大和町には氏の寄贈したコレクションを展示している町立池田記念美術館やベースボール・マガジン社および恒文社の支社があり、池田氏の郷土愛がうかがえる。小出町名誉町民。
[情報提供:ねじ式さん,YAKATAさん]

宮 柊二

1912年8月23年
(〜1986年12月11日)

北魚沼郡堀之内町

堀之内小学校、長岡中学(現・長岡高校)

歌人。北原白秋に師事し、白秋の失明後に秘書となる。1953年、歌誌『コスモス』を創刊。日本芸術院賞、読売文学賞、毎日出版文化賞などを受賞し、宮中歌会始めの選者でもあった。堀之内町に宮柊ニ記念館あり。

徳間康快

1921年10月25日
(〜2000年9月20日)

柏崎市

早稲田大学商学部

徳間書店社長。読売新聞記者、印刷会社社長を経て、1954年に徳間書店の前身「東西芸能出版社」を設立。その後、レコード会社「ミノルフォン」(現・徳間ジャパンコミュニケーションズ)や一度倒産した映画会社「大映」など経営不振に陥っていた会社を買収して再建し、一代で徳間書店グループを築き上げた。また、スタジオジブリに出資し、ゼネラルプロデューサーとして邦画史上最高配収(115億円)を記録する『もののけ姫』や『となりのトトロ』などの作品を世に送り出した。2000年9月、肝不全で逝去。 ※神奈川県出身と記している資料もある。
[情報提供:ぼーちゃんさん]

大庭みな子

1930年11月11日

新潟市

新潟中央高校、津田塾大

作家。1968年『三匹の蟹』で第59回芥川賞受賞。

瀧澤美恵子

1939年3月1日

中蒲原郡村松町

東京外国語大学中国語科中退

作家。1989年『ネコババのいる町で』で第102回芥川賞、第69回文学界新人賞受賞。

斉藤惇夫

1940年6月20日

新潟市

新潟大学附属長岡小学校、新潟大学附属長岡中学、長岡高校、立教大学法学部

作家。新潟市で生まれ、小学生のとき長岡市へ。デビュー作『グリックの冒険』で児童文学者協会新人賞受賞。代表作に、アニメ『ガンバの冒険』の原作である児童文学『冒険者たち ガンバと15ひきの仲間』。現在は、絵本や童話など児童図書専門の大手出版社福音館書店取締役に就いている。
[情報提供:ともみんさん]

渡辺乾介

1943年


上智大学文学部新聞学科中退

政治ジャーナリスト。著書に、政治記者から見た権力の内幕小説『首相官邸』や『還流』『あの人 ひとつの小沢一郎論』。また、「ケニー鍋島」の名前で著書『永田町仰天日記』や政治漫画『票田のトラクター』『新・票田のトラクター』の原作も。

新井 満

1946年5月7日

新潟市

新潟礎小学校(新潟小学校に統合)、新潟寄居中学、新潟明訓高校、上智大学法学部法律学科

作家、映像プロデューサー。1988年『尋ね人の時間』で第99回芥川賞受賞。長野オリンピックではイメージ監督をつとめた。また、2001年4月にオープンした新潟スタジアム(愛称・ビッグスワン)のこけら落としイベント「新潟2001年宇宙の旅」総合プロデューサーも。
ご実家はかつて礎小学校の児童玄関から通りを挟んで向かいにあった「イチマル文房具店」。満氏幼き頃にお父さんは他界したため、お母さんが一人で長い間経営していたが「礎小の児童に優しくすぐにおまけをしてくださり、ノートを買うだけのつもりがお菓子までもらってくることもしばしば。残念ながら90年代半ばに亡くなってからは後継者がなく…。そこで文房具の数々が礎小学校の児童に寄付され閉店。イチマルが消えてすぐ礎小も閉校。礎町から全てが消えていくようでした…」と礎小卒業生さん談。
[情報提供:礎小卒さん]

関川夏央

1949年11月25日

長岡市

長岡高校、上智大学外国語学部中退

ノンフィクション作家。評論家。出版社勤務などを経てフリーに。1985年、日韓文化をルポした『海峡を越えたホームラン』で第7回講談社ノンフィクション賞受賞。1998年、漫画家・谷口ジローとの共著『坊ちゃんの時代』で、第2回手塚治虫文化賞受賞。2001年、『二葉亭四迷の明治四十一年』など、人間と時代を丹念に捉えた創作活動で第4回司馬遼太郎賞受賞。

神林長平

1953年7月10日


長岡高専

SF作家。1979年、短編『狐と踊れ』でハヤカワSFコンテストに佳作入選し『SFマガジン』でデビュー。SF大会でファン投票による決定される星雲賞を何度も受賞し、2年連続で受賞したことも。1995年、『言壺』で日本SF大賞受賞。以前は新潟市近辺在住で、新幹線便で原稿を送る姿がNHK朝のニュースで紹介された。
[情報提供:ラーマンさん]

藤沢 周

1959年1月10日

新潟市

新潟内野小学校、新潟内野中学、新潟明訓高校、法政大学文学部

作家。1993年『ゾーンを左に曲がれ』(『死亡遊戯』と改題)で作家デビュー。1998年『ブエノスアイレス午前零時』で第119回芥川賞受賞。『ブエノスアイレス午前零時』で舞台となっているのは新潟県の麒麟山温泉。そこに登場する「みのやホテル」は藤沢氏が幼少のとき訪れた四季の宿みのや(西蒲原郡弥彦村)がモチーフ。上記の新井満氏とは「明訓高校卒」の「芥川賞作家」で「実家は文房具屋さん」と3つの共通点。

佐藤亜紀

1962年

栃尾市

栃尾小学校、栃尾中学校、長岡大手高校、成城大学、同大学院

作家。化繊会社勤務、翻訳業を経て、1991年『バルタザールの遍歴』で第3回日本ファンタジー大賞を受賞し作家デビュー。著書に、新潟県と思われる「N***県」が日本から分離独立し、社会主義国家を形成する時代を少年の目を通して綴った『戦争の法』や『モンティニーの狼男爵』『1809』など。夫の佐藤哲也氏も1993年に『イラハイ』で、同じ日本ファンタジー大賞(第5回)を受賞している。2000年10月に長岡市立中央図書館で講演を行った。
[情報提供:ラーマンさん,山谷美羽さん,うささん]

野中 柊

1964年


立教大学法学部

作家。大学卒業後、国際結婚をして渡米。ニューヨーク州イサカ市在住中に発表した『ヨモギ・アイス』で1991年、第10回海燕新人文学賞受賞。1993年帰国し、その後『アンダーソン家のヨメ』が107回の、『チョコレット・オーガズム』が第108回の芥川賞最終候補作に。
[情報提供:ラーマンさん,yukikoさん]

斉藤直子

1966年

長岡市

立教大学文学部心理学科

2000年8月、第12回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞。受賞作の『仮想の騎士』は新潮社から2000年12月に発売。
[情報提供:ラーマンさん]

吉川良太郎

1976年

新潟市

中央大学大学院フランス文学科博士前期課程在学中

2000年11月、第2回日本SF新人賞受賞。受賞作の『ペロー・ザ・キャット全仕事』は徳間書店から2001年5月発売。
[情報提供:ラーマンさん]





※順不同・敬称略

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新潟県出身の有名人!!