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■ お笑い ■

新潟県出身の漫画家さんが驚異的に多い一方、少ないのがお笑いの世界。新潟県人は「笑いをとりたい、人を笑わせたい」と欲する“笑わせ欲”はあるものの、生身をさらして表現するのは苦手ということでしょうか。奇遇なのか故あってなのか、「新潟生まれのっ!」と声を張り上げるこん平師匠、芸名それ自体が県名の新潟さん、方言からネーミングしたNAMARAと、それぞれ新潟出身を前面に押し出しアピールしているのは興味深い共通点。

名前

生年月日

出身地

出身校

略歴 業績 地元ネタ

林家こん平

1943年3月12日

刈羽郡小国町

千塚中学

落語家。1958年、故・林家三平に入門。日テレ『笑点』出演。番組中で頻出するフレーズ、出身地“チャーザー村”の正式名は千谷沢村(現在は村ではなく刈羽郡小国町千谷沢)、「♪チャンラ〜ン」はこん平師匠が寄席の出囃子にも使っている新潟民謡『佐渡おけさ』のイントロ。1979年には『コシヒカリ音頭』というレコードを発売している。

本間しげる

1962年1月30日

西蒲原郡岩室村?

東放学園、舞台芸術学院

1990年頃から一人芝居を始め、1992年からソロライブを開始。1993年1月「第11回高田文夫杯争奪OWARAIゴールドラッシュ」で優勝、さらに翌年行なわれた「OWARAIゴールドラッシュ第3回グランドチャンピオン大会」でも優勝。
ちなみに苗字に関するサイト「苗字館」によると、「本間」は新潟県に多い姓のひとつ。
[情報提供:桃吉さん]

俵山栄子

1962年2月9日


川西高校

ものまねタレント。フジテレビ『オールスターものまね王座決定戦!!スペシャル』出演。

桂 歌助

1962年9月19日

十日町市

十日町高校、東京理科大学理学部数学科

落語家。1985年、理科大在学中に桂歌丸師匠に入門、歌児となる。1990年、二ッ目に昇進し、歌助に改名。1999年、真打昇進。1999年6〜8月にかけて東海道五十三次すべての宿場で落語会を行う。これがプロデューサーの耳に入り、2000年、TBS『水戸黄門』(第28部)に先達(案内人)役で準レギュラー出演。十日町高校時代は野球部のキャプテン。出囃子は『十日町小唄』。
[情報提供:Tさん]

三遊亭白鳥

(三遊亭新潟)

1963年5月21日

上越市

高田高校、日本大学芸術学部文芸学科

落語家。1987年、三遊亭圓丈に入門。二ツ目昇進のとき、圓丈師匠から「三遊亭なまはげ」という芸名をつけられそうになったが「なまはげは秋田県で私は新潟ですから」と泣いて許しを請い、この芸名となる。日テレ『笑点』の若手大喜利やTeNY『夕方ワイド新潟一番』出演。創作落語では若手随一の評価あり。上越市本町にある「フジタ模型店」の息子さん。2001年、真打に昇進。新しい芸名は圓丈師匠と放送作家の高田文夫につけてもらった「三遊亭白鳥」に。
[情報提供:TAKADAさん]

入船亭扇辰

1964年2月13日

長岡市

長岡阪之上小学校、長岡東中学、長岡高校

落語家。1989年、入船亭扇橋に入門。1993年、二ツ目昇進。上野洋子プロデュースのマザーグースを原詩とするアルバム『Nursery Chimes』には声の出演数曲あり。
[情報提供:メバルさん]

松原桃太郎

1965年9月2日

新潟市

新潟藤見中学

元「CHA-CHA」メンバー。萩本欽一氏の主宰するお笑い養成所「欽塾」に入るため上京。日テレのバラエティー番組『欽きらリン530!!』のオーディションに合格し出演。同番組共演者の勝俣州和、西尾拓美らと「CHA-CHA」結成。他のメンバーから浮くことで逆に妙な存在感を示していた。その芸風からは想像がつきにくいが、藤見中時代は番長として有名な存在だったという情報も。解散後、元「AKIKO」のあつしと「まんもす2(まんもすまんもす)」というコンビを組み活動していた。「恐怖の追跡〜あの人たちは今?〜」によると「現在は恵比寿のバーでマスターをしているらしい」との話もあるが、現在は国際音楽エンタテイメント専門学校(アップルアートカレッジ)や専門学校東京アナウンス学院でお笑いの講師をしている。
[情報提供:deepさん,SOLD OUTさん]

ダンナ小柳

1968年10月2日

十日町市

十日町中学、塩沢商工高校

体を張った過激な芸に挑み続ける「電撃ネットワーク」メンバー。「Tokyo Shock Boys」の名で海外公演も多数。芸名は、小柳ルミ子の元旦那・大澄賢也に似ていることから。代表的なネタに、鼻から飲んだ牛乳を目から出す 「ミルクビーム」など。「昔も今も性格は全然変わらず、とても人気者でした。3カ月に一回くらいは地元に来てますよ」と元同級生さん談。
[情報提供:とのさん,柏崎さん,まゆママさん]

西野健一

1969年7月13日

十日町市

十日町高校中退

スケッチブックを使ったネタを得意とする漫才コンビMANZAI-Cのボケ担当。“彷徨(さすらい)のヒットマン”のキャッチコピーで『ボキャブラ天国』に出演。当時は芸人としては珍しく事務所に所属しないフリーだったが、現在はサクセスプロモーションに在籍。
[情報提供:ハンターさん]

NAMARA




1997年に立ち上げられた全国初の地方お笑い集団。ワタクシにはなじみのなかった「なまら」という方言、てっきり北海道のものだと思っていたが、新潟県でも使用されているらしい。ってゆーか、もともと新潟で使われていたものが北海道へ伝わったとのこと。代表の江口歩は松原桃太郎と中学の同級生。





※順不同・敬称略

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新潟県出身の有名人!!