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Since1998
いらっしゃいませ!
ここは、アジア・中国ネタの書籍で、
おもしろかったものを紹介する書評サイトです。
榎本雄二と玉腰辰己が、
思いついたままを書いています。
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2001年9月11日のテロは、なぜ起きたのか?あれは、ブッシュの言うような、自由民主主義的文明に対して狂信的イスラム教徒が仕掛けた、「文明の衝突」などではない。アメリカ政府の積年の外交政策、とくに CIA が画策した秘密作戦の逆輸入(「ブローバック」という)なのだ・・・ (→全文を読む)
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イエローピープル的「アジアの歩き方」
2007/06/21
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| アジア各地を旅して、心の国境を越えたい! それには、もちろん現地に直接行くのがいいんだけど、カネとヒマがない! 本を読んでみようとおもうけど、お勉強じゃつまらない! というわけで、イエローピープル的「アジアの歩き方」を考えてみました・・・ (→全文を読む) |
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コリアン・センチメンタリズム
2007/06/21
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| 1999年ごろから韓国映画がおもしろくなって、日本でもたくさん公開されるようになった。韓国映画を見ていると、そこに共通した、独特のテーストみたいなものを感じる。それを、コリアン・センチメンタリズムと名付けてみよう。とりあえず、おもいつく特徴をあげると、こんなとこ。家族愛(とくに兄弟愛)・・・ (→全文を読む) |
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今度は北京が戦場だ!
2007/06/19
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| 前作『中国てなもんや商社』とかわって、本作では、北京が舞台。この本を読みながら、映画『ダイ・ハード3』ばりの宣伝コピーを思いついた。世界一、運の悪い奴。今度は北京が戦場だ!! 今回もわれらが主人公は、よせばいいのに逃げもせず、孤軍奮闘の大あばれ。傷つきまくりのはずなのに、へっへっへっと笑ってみせる。いったいコイツは、どこまでタフなんだ・・・ (→全文を読む) |
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これも「恨(ハン)」?
2007/06/14
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主人公は、白血病にかかった少年タウムと、その父親チョン。ふたりの視点が交互に入れかわってストーリーは展開する。母親はふたりを離れ、すでにちがう男の元に走っている。父親チョンは、なんとか子どもの苦痛を和らげ、できることなら命を救おうと孤軍奮闘する。金も尽き、仕事もとれず、みずからもガンを告知され、その発症に苦しむ。それでもかれは、心身の痛みに耐え、一途に子どものためだけを考える・・・ (→全文を読む)
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底抜けエリートの爆笑恋愛談義
2007/06/12
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| 主人公は、台湾大学出身で留学帰りの「ぼく」と、その親友「ジャンポー」。ふたりは、有名銀行に勤めるエリート行員で、まじめで優等生なインテリ。なのに、ふたりとも32歳にもなって、まともに女性とつきあえない。というのも、ふたりとも強い上昇志向を植えつけられた、ミドルクラス・・・ (→全文を読む) |
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| 1999年・上海「新人類」の生態
2007/06/08
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| 輸入文化が猥雑に入り乱れたメトロポリス上海。主人公は、親子関係にトラウマをもつ男と寄り添い合いながら、ドイツ人男性と不倫してしまう。そのなりゆきを通して、都会に住む若者の行き場のない虚無感を描いた作品。そのテーマと周辺に登場する小道具の描き方は、むかし読んだ田中康夫や村上春樹を思い出す・・・ (→全文を読む) |
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「アジア的」って、侮蔑用語だったんだ。
2007/05/25
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前著『「近代」を支える思想』がよかったので、これも買って読んでみたらおもしろかった。アジアというのは「専制と停滞」の地域だと、ヨーロッパでは長いことみなされてきた。それはどうしてなのか。本書の前半では、それがどういう系譜でできた通念なのか、モンテスキュー(仏)、アダム・ファーガスン(英)、アダム・スミス(英)、ヘーゲル(独)を引き合いに語られている。そこであきらかになってくるのは、遅れた、民主的でない、家父長的で、野蛮なアジアというイメージは、ヨーロッパ人が自意識を築きあげるために対照物として必要としたものだったということである・・・ (→全文を読む) |
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義憤ほとばしる「植民地主義」批判
2007/05/23
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「植民地主義」というのは、なじみがあるような、ないような言葉である。で、この本を単純に、過去の帝国主義国がおこなった植民地支配について書かれた書だろうとおもうと、ちょっとちがう。新しい「<新>植民地主義」は領域的な支配(占領、入植)を必要としない。いわば、「植民地なき植民地主義」です(50頁)。植民地領有は植民地主義の特定の段階を示すものであって、植民地主義は必ずしも領土としての植民地を必要としない(267頁)。つまり、この本でいう「<新>植民地主義」というのは、過去のことだけでなく、グローバル化が進む現代に生きるわたしたちの認識や知、あるいは感受性の問題なのである・・・ (→全文を読む)
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アジアと日本の絡まりの近代史
2007/05/16
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本書のタイトルは『アジア/日本』となっている。著者は本書で、「アジア/日本の絡まり合う近代経験、そこにはらまれた侵略/連帯の二重性」をあきらかにしようとしているとのこと。このスラッシュ(/)の部分は、アジアと日本のあいだの複雑な絡まり合いを意味しているらしい。ストーリーはおおむね、こういうことである。19世紀なかばに西洋諸国がやってきて、アジアは世界的な分業・交換のネットワークに組み込まれだす・・・ (→全文を読む) |
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パワーとマネーの日中関係論
2007/05/02
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| この本のタイトルは、『中国・アジア・日本』。たぶん、これは… 1 中国がアジアで主導的役割を担おうとしはじめた。2 そこで、日本はどうすべきか? …の略だと思う。で、先に2のほうの結論はいうと、日本と中国は覇権を競い合うのではなく、「イニシアティブ共存・分有」を目指せという。キーワードとしては目新しいけど主旨としては常識的な結論で、あまりインパクトはない。一方、1の部分はというと、これまでの日中関係や現在の国際社会における中国のポジショニングが、事実を積み上げて書かれていて、説得的だ・・・ (→全文を読む) |
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上海で遊ぶってのは、こういうことなのかな
2007/04/05
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一風変わった、ユニークな上海のガイドブックである。「旅行ガイド」なんだから、まずは、バンド、南京路、フランス租界など、ANA提供「私的チャイナビ」的な定番観光スポットの案内からはじまる。そのへんのお約束は、はずしていない。しかし、である。このガイドブックのナビたちは、そこから自分たちの興味の世界へと読者を連れていってくれるのだ・・・ (→全文を読む) |
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著者80歳の刊行、ライフワークの集大成?
2007/04/04
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| 日本人は「日本人」をどう語ってきたのか… 本書にはその代表的論著500点(!)の要点が紹介されている。読み通すのは骨が折れるが、読み終えれば日本人論について通覧した気になれる。・・・ (→全文を読む) |
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平成の「三酔人経綸問答」
2005/12/20
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テレビでよく見る三人が、イラク問題、天皇制、戦争、戦後思想、教育、愛国心について語り合ったもの。おもしろかったのは、かれらの考え方のちがいが、生いたちの差というか、世代の差からきたものだってことが、わりとよくあらわれてるところだとおもう。・・・ (→全文を読む) |
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イエローピープル的オススメ映画4本
2005/07/22
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| アジアではいま、いろんな国のポピュラーカルチャーがあっちこっち行き交っている。ヨン様ブームの「韓流」を、「かんりゅう」じゃなくて「はんりゅう」って中国語読みすることがあるのは、中国でのブームが日本に入ってきたから。こーゆーふーに国境を越えてポピュラーカルチャーが飛び交う時代を、ダサいオジサンたちは、ソフトパワーの時代だとかナショナルアイデンティティゲームだとか言って、国対抗の文化オリンピックみたいに考えている。でも、そんなもんなんだろうか・・・ (→全文を読む) |
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| ソフトパワーについてここで以前とりあげたときには、まだ邦訳がなかったけれど、それが2004年の秋にこうして本になって邦訳されて、ぐっと身近でわかりやすくなった。この本の著者ナイ教授がソフトパワーということばで言おうとしているのは、アメリカが外交政策目標を達成するためには軍事力というハード面だけでなく、文化的な魅力というソフト面も大切だということだ。・・・(→全文を読む) |
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| 本書にいわく、国家は歴史上、いろいろ闘争をつづけてきた。領土を争うテリトリーゲーム。東西冷戦というイデオロギー対立。経済的優劣を競うウエルスゲーム。そして、東西冷戦がおわり、グローバリゼーションが進むにつれて、それぞれの民族が自分たちの歴史観や価値の特徴を再構成し、それをもとに主張をぶつけあいだした。それが現在の、ナショナルアイデンティティゲームだ、と。うまいことおっしゃるな、とおもう。・・・(→全文を読む) |
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真珠湾攻撃が成功したって聞いて、胸がスッとしたとか、とびあがってよろこんだ、なんてことが回想録なんかでよく書いてある。そんなのを読むと、あれっとおもってしまう。日本人は軍国主義者にだまされて戦争したんじゃなかったの? 一般の日本人はだまされた犠牲者だったんじゃなかったの? 戦時体制にむりやり動員されたんじゃなかったの? 学校ではそう習ったはずなのに。いったい、真珠湾攻撃のニュースを聞いてよろこんだ日本人って、どんな人たちだったんだろう・・・(→全文を読む) |
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書いたのは日本人文部官僚か、
ニューディーラーか。
2005/05/09
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帯に「この本は、文部省が作った教科書です」とある。これは、戦後占領時代の民主主義の「教科書」として、1948年秋と1949年夏に、それぞれ上巻・下巻として出版された本らしい。当時の教育行政はGHQの管理下にあった。だから、くわしい経緯はわからないが、これを書いたのは日本人ではなく、GHQの教育行政スタッフたちではないだろうか。そのことは読みすすんでいくと、確信していく。まるでアメリカの51番目の州の中学生に、アメリカの建国の理念を徹底的に教え込もうとしているかのような内容なのだ・・・(→全文を読む) |
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| 戦後日本人の心情的自己弁護
2004/12/09
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| 本書は、東京裁判で死刑になった政治家、広田弘毅(ひろたこうき)を描いた小説である。サスペンスタッチの冒頭から死刑執行まで一気に読ませられた。文句なしにおもしろい。読後しばらく、広田弘毅に同情して涙が止まらなかった。さすが城山三郎。すごい。内容は、東京裁判をうたがうものである。東京裁判で死刑になったのはほとんど軍人で、文官では広田弘毅ただひとり。そのかれの弁護側の主張を裏付けるようなストーリーである。しかし、である・・・(→全文を読む) |
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| 軍国日本の陰の実力者
2004/10/12
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| 甘粕大尉というのは、映画「ラスト・エンペラー」で坂本龍一が演じていたあやしげな男である。映画ではカメラを持ってちょろちょろ現れ、日本軍のかたわらでなにやらしかめっつらで謀略を進めていた。かれ甘粕正彦は「大杉事件」で悪名高い男である。1923年の関東大震災の混乱のなかで、無政府主義者による国家転覆を防ごうと大杉栄を殺害した。そしてそのとき、大杉の妻と幼い甥までも殺して井戸に投げ込んだ(その井戸は区画整理でいまはもうなく、都営三田線・大手町駅になっている)・・・(→全文を読む) |
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ノン・コンフォーミストか?
コスモポリタン的「国家死滅論者」か?
2004/09/05
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| この本については以前にもオススメしたことがある。おもしろい本なので、時々おもいだしたように引っ張り出しては読んでいた。で、ある時ふとおもったのだけれど… この西川センセイはなんでこうも執拗に「国家悪」を告発しつづけるんだろう? 『国境の越え方』には、1992年版(筑摩書房)と、2001年の増補版(平凡社)がある。そして、その間に、『地球時代の民族=文化理論』と『国民国家論の射程』というのがある。それらをならべると、こうなる・・・(→全文を読む) |
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| 在日社会の常識を疑う
2004/08/02
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| 最近は、「在日」という言葉も昔ほどタブーな感じがなくなったようで、「わたし、在日ですッ」とフツーに口にする友人も増えてきた。これはこれで、ひとつ、隔世の感がある。韓国の経済成長と民主化、ワールドカップや冬ソナ・ブームを経て、コリア系アイデンティティが隠すべきことではなくなったのだろう。で、そんな友人たちと話していて気づくのは、かれらの出身が東京であれ大阪であれ福岡であれ、在日のなかに共通して語り伝えられている社会観や歴史観があるということだ。それは、ひとによって濃淡の差はあるけれど、親類などの差別体験や自身の疎外感をもとにした被害者意識が底流にあることにかわりはない・・・(→全文を読む) |
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| まちがいだらけの「日本文化論」
2004/05/10
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本書によると、アメリカ人はアメリカ人の書いた「アメリカ文化論」は読むけど、他国人が書いたものはほとんど読まない。中国人は、中国人が書こうが外国人が書こうが「中国文化論」にはほとんど関心がない。それにくらべて日本人は、日本人が書いたものだろうが外国人が書いたものだろうが、とにかく「日本文化論」が好きだそうだ。戦後書かれた日本人論・日本社会論・日本文化論のたぐいは、1,000編は超えるという。日本人は並はずれて「日本文化論」が好きらしい。ところが、この「日本文化論」というのが、ちょっとあやしいものが多いという・・・(→全文を読む) |
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| 「近代思想」の履歴書
2004/05/05
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どうやらいま、学問の世界の住人のなかでは、大きな革命が進みつつあるようだ。とてもゆっくり、とても静かに、かもしれないけど。というのも、ヨーロッパで 500 年以上まえに始まった「近代」という社会のあり方を、根本的に問い直す議論をよく目にするからだ。それは、戦前にあったような、西洋にない「日本的なもの」をさがす議論でもないし、西洋に対してアジアが対抗するという図式でもない。また、資本主義に的を絞って反旗をひるがえすという種類の議論でもないのだ。ここでいう「近代」とは、ホッブズ、ロック、ルソー、スミス、マルクスらに語られ、新大陸「発見」、名誉革命、合衆国建国、人権宣言を経て、英、米、仏、独など欧米で育った、政治思想と、それに付随した世界観である・・・(→全文を読む) |
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| 在日というマージナルな立場
2004/04/26
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| 鄭大均センセイは『在日韓国人の終焉』で、在日は日本国籍を取り、日本の政治に積極的に参加すればいい、「コリア系日本人」としてはっきり政治的立場をとればいいと主張している。また、そうした主張が若い世代を中心に広がりつつあることは、雑誌でも紹介されている(ニューズウィーク日本版、2003年11月26日号)。だが、本書の姜尚中センセイは、それとは異なった在日の生き方を示している。それは、「ある政治的な共同体に自分をまるごと帰属させずに発言していた」エドワード・サイードのような生き方だという・・・(→全文を読む) |
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| 歴史のifこそ考えてみるべし
2004/03/30
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| 太平洋戦争はアメリカの策略にまんまとはまって、日本がパールハーバーを攻撃した。太平洋戦争のおかげで、アジアの国々は欧米から独立できた。そういう見方をする「太平洋戦争肯定派」とでもいうような人たちが、ネット上にはたくさんいる。しかし、そういう人たちは都合よく忘れていないだろうか? 太平洋戦争の前、日本は中国に対し主権蹂躙の侵略行為を繰り返していた。 その日中戦争打開のために南方まで手を伸ばした末にアメリカまで敵に回したのだ。アジア太平洋の植民地を解放したというけれど、それは敗戦の結果であって、そもそも台湾、朝鮮半島を植民地支配し、中国大陸まで支配を広めようと残虐の限りを尽くしていた日本に、植民地解放を言える道理などない・・・(→全文を読む) |
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『文明の衝突』でビビッちゃった
あなたにオススメします。
2004/03/07
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| 2001年9月11日のテロ後、ハンチントンの『文明の衝突』が繰り返しニュースなどで引用された。ハンチントンの予言通りに、西欧とイスラムという文明間で衝突が起きたんだと。それに対し、本書の著者クレポン(なんてかわいい名前だろう)は「それでいいのか?」と異論を唱える。そもそもハンチントンの主張は、前提からおかしいのではないかと。ハンチントンによれば、個々の文化はおたがい排他的なものであり、支配を目指して対立しぶつかりあうもので、両者の摩擦の解決には、最終的には紛争しかない。それに対し、クレポンは反論する。そうした発想は、冷戦終結後、あらたな敵をみつけようとする政治文化からなる産物にすぎない・・・(→全文を読む) |
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| リベラルな世界とは?
2004/03/06
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| ネットで遊んでいると、ウヨ・サヨの戦いをよく目にする。まず、ウヨがきっかけをみつけて北朝鮮・韓国人・中国人を罵倒する。それにサヨが常識的に抵抗する。すると、ウヨはサヨを嘲笑的に「在日だ」と言い出す。しかし、サヨが「オレは在日じゃない!」といってしまえば、ウヨの排他主義と同列になってしまうから、サヨは静かに戦線を離脱する。ひとり舞台になったウヨは、朝日新聞批判、創価学会批判まで展開しだし、根拠のない感情的な罵詈雑言の書き込みがつづく。そうして荒れまくるなか、参加者がどんどん去っていく…。これはネットによくある光景だ。あのウヨたちの感情的なことばづかいをみていると、まさに「必死だな」という感じが伝わってくるが、あれはなんだろう?・・・(→全文を読む) |
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| 「在日」からコリアン・ジャパニーズ
2003/11/24
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わたしたちはだれでも、自分がなに人であるのか、どこの国の人間であるのかを、アイデンティティの貴重なよりどころとしている。しかし、在日の人たちにとって、それは複雑な問題を含んでいる。「どこの国」という場合、なにをさすのか。国籍か、生まれた場所か、そだって教育をうけたところか。いまや在日の人たちの多くは、日本生まれ、日本育ちだ。しかし、国籍は韓国であったりする。生い立ちからいって、文化的には韓国人というより日本人といえるが、しかし、国籍は日本ではない。文化的には日本人といったが、その場合も、「日本人」の意味するものによる。冠婚葬祭や食事、名前など、民族としての「日本人」という意味でいうなら、やはり「日本人」とはいえないかもしれない・・・(→全文を読む) |
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| 21世紀的ミラクル中国!!
2003/01/22
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戦後日本人は、中国にさまざまな想いを抱いてきた。侵略の贖罪意識に悩み、共産中国を恐れ、新中国に期待し、日中友好に酔い、天安門事件に失望し、改革開放に踊り、覇権主義にビビってきた。ぼくらは、そんなあれこれの時代に書かれたもので中国を知るもんだから、やたらといろんな知識やらイメージやら、偏見やらをもっている。それでいて、むしろ、いま動いているレアな中国の姿を、じつはぜんぜん知らなかったりする。じつはいま、中国はスゴイことになっているのだ・・・(→全文を読む) |
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| 旅のお供に、『地球の歩き方』とこの一冊。
2002/08/04
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| 国境を越えるには、成田から飛行機に乗ればいい。しかし、わたしたちが子どもの頃から「あなたは日本人なのよ」といわれて植え付けられてしまったものは、そうそうすぐに越えることはできない。そういう「国境」がある。心の国境は、越えられないどころか、ともすると溝を広げていたりする。年をとったり海外の人と接点を持つごとに「日本人であること」を意識し直して、ますます深く「日本人」になるみたいに。でも、じゃぁ、日本人であることは、ホントにそんなに確たる根拠を持った価値なんだろうか・・・(→全文を読む) |
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