そうか、地中海ブームの発端はこれか…

梅棹忠夫

『文明の生態史観』

中公文庫 1974.9

わたしがアジアに関心をもつようになったのはこの数年のことで、『文明の生態史観』を最初に読んだのは、それよりずっと前だった。

最初にこの本を読んだときのインパクトは、なんといっても世界をこれでもかっ!とおもいっきりデフォルメした図と、日本と西ヨーロッパが同時並行的に進行した文明なんだということ、それに「進化はたとえだが、遷移はたとえではない」といいきって、歴史から進化・発展の観念をそいだ「生態史観」だった。学校で習った歴史とずいぶん違って、すごいショックだった。

それに、梅棹氏のフィールドワークから語られるインド、パキスタンなど西南アジアについての歯に衣きせぬものいいが、めちゃめちゃに痛快だった。

今回、ひさしぶりに読み返してびっくりしたのは、「文明の生態史観・つづき」という副題をもつ「東南アジアの旅から」だった。これはたぶん、前回すっかり読み飛ばしていたとおもう。

モンゴル高原からアラビア半島までななめに走る乾燥地帯の両どなりに、I. 中国、II.インド、III. ロシア、IV. 地中海=イスラム世界があって、さらに中心から遠ざかった塞外野蛮の地に西ヨーロッパと日本があった。で、この野蛮の地だったところが中心から文明を導入し、高度の資本主義まで築いたというのが「生態史観」のストーリー。

問題は東南アジアをどうするかということ。

東南アジアには王朝の興亡はあったけれど、日本や西ヨーロッパのような封建制を発達させた国はない。もちろんインドや中国のような中心的な文明であったこともない。

なんてことを考えながらこの図をながめて気づくのが、おお、なんと東ヨーロッパ、たとえばポーランド、チェコ・スロバキア、ハンガリー、ルーマニア、ギリシアなどがおかれていた境遇にそっくり似ているではないかということ。

こんなことが書いてあるなんて、すっかり忘れていた(というか、当時関心がなくてななめ読みしていた)。

そうか、いまアジア経済をかんがえるテキストなどでよく、ヨーロッパの近世をあつかったブローデルの『地中海』やウォーラーステイン『近代世界システム』などがひきあいにだされるのは、どうやらこのあたりに関連があるんだな。

というわけで、若いころ(?)本書を読まれたかたで、その後アジアに関心をもつようになったというかたに、再読をおすすめいたします。