「日中友好」のかげで消えない、
中国人の日本嫌い

アレン・S・ホワイティング

『中国人の日本観』

岩波書店 1993.12 (岩波現代文庫 2000.3)

去年中国に行って、南開大学の学生さんたちと話をしたら「日本のインターネットには日本の軍国主義の歴史を認めない内容のものがある。日本人はそんな風におもっているのか」と責められてしまった。どうやら、自由主義史観の人が南京虐殺は中国のデマだというようなことを書いているページを見たらしい。その学生は、あきらかに日本人全体に不信感をもっていた。

中国政府の公式プロパガンダでは、たえず「日中友好」が唱えられている(江沢民は例外をつくるけれど)。そして、かつての軍国主義者と現在の日本国民をわけて、日本人も軍国主義の犠牲者であるという見方をしてくれている(江沢民はそうではないけれど)。

そうした好意的な声明の背後には、「徳をもって仇にむくいる」式の思想もあるかもしれないし、また投資や技術の誘致や借款供与の要求、あるいは対ロシアを含む地域的戦略思考などの、国益にもとづいた計算もあるだろう。

しかし、そうした中国政府の公式声明とはべつに、中国のマスメディアや学生は、さまざまな動機で日本の侵略主義を非難する。それには、学校で習った日本軍の残酷な侵略行為や、家族から聞いた話、日本の政治家がときおり吐く暴言からつくられた、日本の否定的イメージがもとになっている。

それはなにも遠いところの話ではない。中国に留学して、最初は「日中友好」気分に浸っていても、だんだん仲の良い友人ができて、ざっくばらんな話をしてくれるようになると、たいていそうした日本人嫌いの本音が聞けるようになる。

つまり、中国人の日本観には、「肯定的否定的イメージの二重性」があるということ。

一面で「日中友好」をいいながら、一面で、過去の償いをしていない日本人や、敗戦国なのに優位を占めている日本など、心底では許せない気持ちを持っているのだ。

本書があつかっているのは、1982年から1987年である。

終戦40周年、日中開戦50周年などの節目でありながら、「侵略」を「進出」と書きかえた教科書が文部省の検定を通過したと誤報されたり、首相が靖国神社に公的な立場で参拝したり、文部大臣が「東京裁判の判決は正確とはいえない」「東条英機は戦犯ではない」「韓国併合は宮廷の同意を得ていた」などと暴言しまくった時期。

日本語のできない著者が、英語と中国語の文献、そしてインタビューをもとに、当時の「中国人の日本観」にみられる「肯定的否定的イメージの二重性」をまとめあげている。

この本は、いまから十数年もまえのことだけれど、その後、日本側は、天皇が訪中し(1992)、細川首相が侵略戦争を率直に認め陳謝した(1993)時期はあったにもかかわらず、またもや羽田内閣の永野法相、村山内閣の桜井環境庁長官の失言などにより、あいもかわらぬ無反省ぶりを露呈した。

日本人の「否定的イメージ」は当分なくなりそうもない。


ちなみに、93年の単行本は3,200円もする。文庫本の1,300円よりずいぶん高いけれど、戸田ツトムのデザインした装幀が美しい。