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田村泰次郎 『女拓』 中央公論社 1964 本書は著者の女遍歴を小説にしたもの。全部で12章あり、一人一章なので全部で12人の女性のことが書かれている。 著者は軍人として中国大陸に行っていたので、中国での女性体験がメインである。相手の女性は朝鮮人、中国人、ロシア人、日本人と色々いるがだいたい娼婦である。 その女性全てが哀れな状況下にあり、ボッキしながらもしみじみと女性に同情する著者というパターンが全編を包んでいる。 そして最終章(つまり12人目)、冒頭で作者は「この章を……冒頭にもって行くべきであったかもしれない。なぜなら、この章のなかで、これからあきらかにする、青春後期における、あるとり返しのつかない、私の重大な失策は、その後の私自身の人間形成に大きく作用し、従って、対世間のみならず、対女性にも、私自身の考え方や、行動を決定的に制約する結果となっているからである。」と告白している。 一体どんなことがあったんだろうと思っていたら、なんと、売春宿で拳銃をなくしてしまったということを告白しているのである。作者はこの告白を戦後20年すぎた執筆当時でも非常に恥ずかしく思っているのである。 兵隊にとって兵器は、天皇から貸しあたえられた、自分の生命より大事なものと教育されてきたとはいえ、あまりにもどうでもいいことに悩み苦しんでいるので読んでる方はガックリしてしまう。まったく、作者とは違った意味でこの章を冒頭にもってきてほしかった。 とはいえ「拳銃」というものを重要視する様は、なんだか象徴的ではある。中国に虚勢を張って治めようとする日本軍の姿、または女性に虚勢を張って征服しようとする男権主義者の深層心理を垣間みる思いがする。 同シリーズで村松梢風が書いた『女経』(中央公論社)というのがあるが、この中での女性体験(中国での女性体験もあり)は、『女拓』にくらべておセンチじゃないし、肩ひじ張るというところがないので気持ちよく読める(だったら最初っから『女経』のこと書けば良かったか?)。きっと村松は田村と違ってモテモテだったのであろう。 しみじみ思うに、モテない男というのはいつの時代でもサエないのだ。 |
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