サンシャイン60のできる30年前、
そこは巣鴨プリズンだった…

小林弘忠
『巣鴨プリズン』
中公新書 1999.01
東京・池袋のサンシャイン60は、かつては日本一の高さを誇ったビルだ。
そのふもと一帯は戦後しばらくのあいだ「巣鴨プリズン」と呼ばれる、戦犯を収容し処刑する施設だった。
いまではその面影を見ることはできないけれど、東池袋中央公園の植え込みのなかにひっそりと碑が残されている。
碑のある東池袋中央公園のあたりは、巣鴨プリズンだった当時、東条英機ら戦犯たちが野外に出て散策を許された場所だった。東条英機、重光葵、木戸幸一、嶋田繁太郎、小磯国昭、畑俊六、武藤章、土肥原賢二らは、ここで車座になってカードゲームに興じることもあったという。
伊藤俊也監督の映画 を見た人なら、あ、あそこかと思うことだろう。
巣鴨プリズンは、もとは巣鴨拘置所であったものをGHQが接収し、1945年秋から1958年春に東京拘置所になるまで戦犯を収容した。
そのあいだ、ここで刑死した戦犯は60人といわれる。
銃殺が1名、あとは絞殺刑だ。
東条英機らのA級戦犯も終戦の年の秋から、処刑される1948年の12月23日(天皇誕生日)まで、最期の3年をここですごした。東京裁判の法廷へもここからかよった。
本書『巣鴨プリズン』は、刑に服していた戦犯たちに仏教の教えをさとした教誨師(きょうかいし)のひとり、花山信勝(はなやま・しんしょう)氏を中心にすえ当時のようすを再現したものだ。
著者によれば「戦争犯罪人とされた人たちの罪の是非を問うものではなく、巣鴨プリズンの実態をあきらかにしようとのねらいをもつものでもない。プリズンに収容された人たち、とくに刑死した三十四名についての花山教誨師の回想をもとに、教誨師の心の軌跡をたどりたいというのが本旨」だとある。
とはいうものの、内容は花山教誨師の身辺だけにとどまらず、巣鴨プリズンの塀のそとにまでおよんでいる。がれきの山のなかで飢えや闇取引、怪事件の日常化した庶民の世相も描かれている。
戦中には戦意高揚に加担しておきながら、戦後には一変してかつての政府関係者を極悪人呼ばわりする新聞の豹変ぶりや、天皇の人間宣言にとまどう市民など、動乱の時期の日本の姿が丹念にえがかれており、そのなかで苦悩する花山教誨師がうきあがる。
かつてこの東京で、あの池袋で、現実にあったことの記録であることが、うそのような気がする。
いまではセゾングループの本社が集中するサンシャイン60や、近くには世界を代表するトヨタのショールーム「アムラックス」がある。イメージ低下になるような歴史はかき消されたかのようだ。
でもそれはほんの50年前、ほんとうにそこにあった、日本の姿なのだ。それをおもうと不思議な気持ちになる。
まして死を目前にひかえた者たちの記録だ。知らず知らず、しんみょうな心持ちで読んでしまう一冊だった。

戦後の東池袋、巣鴨プリズンのあったあたり。
いまはサンシャイン60やアムラックスが建っている。
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