李登輝総統もご推奨
みずから翻訳までした日本の哲学書

中村雄二郎

『哲学の現在』

岩波新書 1977

本書は、本来の意図から離れて「学問」に成り下がった哲学を、再び生活に密着した「知恵」として復活させていこうという趣向をもって書かれた哲学書だ。たしかに「哲学」と聞くと、学者先生が難しい顔して考えるだけのものというイメージだが、『哲学の現在』は、生きていく上で誰もが考える疑問を、いわゆる西洋近代哲学の見地からわかりやすく解説、そして生きるための知恵を与えてくれる本なのだ。

くわえて現在身近にある問題が、意外にも現代哲学のホットな論点につながっていたりする話の展開がすばらしい。それなのにこの本の書かれたのがなんと1977年という大昔。この激変する時代に、やっぱ大御所は大したものです。

さて朝日新聞の記事によると、台湾の李登輝総統は中村雄二郎氏の著作をほとんど目に通しているらしい。『哲学の現在』はみずから中国語に翻訳したそうだ。まさに「哲人」という名がふさわしい政治家といえるだろう。記事によれば中村氏だけでなく、西田幾太郎にも心酔しているという。京大出身の李氏は「哲学」を日本から吸収したのに違いない。

日本で学んだものを吸収して国民に紹介するという氏のすがたをみるにつけ、五四新文化運動時代の知識人たちの伝統を思わず連想してしまうのは考えすぎだろうか。近代西洋の啓蒙思想を中国に紹介してきたのは、西洋留学組よりもむしろ魯迅や周作人などに代表される日本で学んだ知識人だったからだ。

1999年2月17日朝日新聞 -単眼複眼-より