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李登輝/深田祐介 対談
「アジアには哲人政治がふさわしい」
『諸君』 文芸春秋 1999.3
恥ずかしいけど白状してしまうと、わたしはこの手のいわゆる「オピニオン誌」というのにあまりなじみがない。この「諸君!」というのも、どういうものか知らずに「お、李登輝総統か」だけで、手に取ってみたしだい。
読んでみてわかったのは、これ、ものすごいナショナリストというのか、愛国主義者というのか、要するに右っぽい人たちの本なのね。
それはもう冒頭に、執筆者名のない、おそらく編集部内の人が書いていると思われる「紳士と淑女」にあきらか。
シナ人に新幹線を売るな。…(韓国と同じで)中国も、日中友好やってるのは日本人だけで、江沢民は反日・侮日で12億を束ねている。…司法の独立も三権分立も隣国の主権も、シナの皇帝は顧慮しない。民意に従う発想もない。だいたい彼らは、シナとは別個に主権国が地上に存在することを理解できない。
すごい。ほかにもっとすごいのがある。
いま政変があって菅直人が首相になれば、民主党・公明党が出す在日外国人に地方参政権を与える法案が成立する。
その結果、在日朝鮮人の町長が生まれて、潜水艇による北朝鮮兵の上陸に協力するというのだ。いやはや。
しかも巻末の読者の投稿を見ると、「よく言った!」「もっとやれ!」といった内容が満載。なかには…
力無き外交の弱さを国民一般に知らしめ、政治家に軍事を政治の一手段として使用する気概を持たせ得る環境を醸成することと考えるがいかがなものだろうか。
なんてある。「国民一般に知らしめ」「気概」「醸成」「いかがなもの」なんていってる、これ、36歳の主婦からの投稿なんだって。なんだか海外留学なみのカルチャーショックだった。
肝心の李登輝総統と作家の深田祐介氏との対談の部分はというと、もう深田氏がなんとか派手にあおろうとするのを李総統がおだやかに、てきとうに同調しながら円満に対談をすすめるという感じ。
タイトルにある「アジアに哲人政治がふさわしい」なんてのも、深田氏がぼそりといってるだけで、李総統は謙虚に、
「哲人」であるというより「人間的」であることのほうが重要かもしれません。
と受け流していらっしゃる。にもかかわらず、どうしてもこれをタイトルにつけてしまうところが、なにかと勇ましくもの言いしたがる「諸君!」らしい。
深田氏の誘導尋問にてきとうにあわせ、なごやかに会話をすすめる李総統だが、そのセリフに古今東西の英知がすらりと出てくるのには敬服する。
西田哲学の本は新しいものが出たら必ず読むようにしています。
「エミール」のルソーを生んだ人権思想の本家本元であるフランスまでもが…
バイブルの「出エジプト記」を読めば、モーゼがイスラエルの民を率いてカナンの地にたどり着くまで、いかに苦労してあるかが書いてある…
なんて聞くと、政治家というより思想家のようだ。やはり学者肌なんだなと感じさせる。
1998年の暮れの統一首長選では派手なコスチュームでわたしたちをおどろかせた李総統だが、その本意を聞いてもっとおどろいた。
それはこうだ。台湾といえば「台湾人に生まれた悲哀」といわれる。戒厳令下で本省人が外来政権におさえつけられてきた歴史を指すわけだが、この「悲哀」という言葉を普及させた張本人である李総統自身、この感情を克服しなければならないものとしてとらえており、さまざまな時代に台湾という地に逃れてきた人々が、そこに「自由」と「民主」の基本精神のもとに、あたらしい国家を住民一致で建設しなければならない、ちょうどアメリカのように、というのだ。
馬(英九・新台湾市長)さんは、まだ40代の若さで、もちろん大陸生まれ。その出自が外省人であることから、ある種のレッテルが貼られていました。…そのまま放っておくと、この選挙が外省人と台湾人のエスニックな争いにならざるを得なかったと思います。…エスニックな問題を選挙のテーマにしている限り、「台湾人に生まれた悲哀」は残ってしまいます。その悲哀を乗り越えて新しい台湾を築くのがわれわれの使命です。
台湾の民主化の背景にある「エスニックな」問題。ちょうど香港が多種多様な「難民社会」であったことや、シンガポールがマレー人と華人の平等を唱えて独立したことなどとも、どこか似ている。
アジア諸国の民主化というテーマの背景には、多様な人々からなりたつ社会があることをあらためて知る。
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