溝口雄三他

『中国という視座』

平凡社 1995

日本の旧帝大はたしか、戦後まで女性は入学できなかったと思う。でも中国の大学はかなり前から共学だった。魯迅の愛人、許広平だって北京大学での彼の教え子だった。

「近代化」をいち早く達成した日本より、「後進」だった中国の方が「女権」の面では「進歩」していたということだろうか?

たしかに、現代においても、中国での女性の社会進出は日本より進んでいる。日本でもバブル時代には雇用機会均等法とかいって、女性の権利が高まったかに見えたが、不況になってからは元の木阿弥といった状況。しかし中国での女性の社会進出はもう当然といった感じで、これからどんな状況になっても揺らぐことはないだろう。

これはどういうことだろう? 確かに男女平等というのは中国共産党政府の政策ではあった。しかし戦後日本もまた民主主義社会となって、男女平等なのではなかったか?

『中国という視座』第三章「中国近代革命と儒教社会の反転」を読むと、近代にはいる前から儒教社会の矛盾と対峙し、より深く儒教社会と格闘していた中国の姿が見えてくる。

この書によると、儒教社会の基本的特質はふつう、家父長的な父性原理の厳格な適用に求められる。この社会にあって女性はつねに劣位に置かれ、いわゆる「三従」(父、夫、子への三段階の服従)の教えによって、家父長への一方的な服従を求められた。

この家父長社会に対し、十八世紀には、エリート社会でも民間社会でも、不満や反発がかたちとなって表面に表れてくる。

十八世紀中葉に書かれた『紅楼夢』は、男性社会を真っ向から否定する作品である。主人公の宝玉は男として生まれながら、「女の子は水でできた体、男は泥でできた体。ぼくは女の子を見ると心が晴れやかになるが、男を見ると臭くてむかつくんだ」と言い放ち、父親の強要する科挙の受験勉強には、父がどんなに折檻しても、興味を持たないばかりか、官僚志願者を「国賊」と罵り、興味を持たない。

『紅楼夢』が世間に流通し、多くの「紅迷」(紅楼夢ファン)が現れた十八世紀末、白蓮教徒の乱が華北と華中を席巻する。白蓮教は元末に源流をもつ宗教で、弥勒仏(=無生老母)の下生により、現在の地上世界が転変して理想郷が訪れるであろうと説く宗教結社の一派である。

明清期の宗教結社の多くは、男女の区別なく入会を認めるのが原則で、そのため女性とくに寡婦の熱心な入信者が多く、教団による位階も女性に平等にあたえられていた。

救世の主が「無生老母」と女性形で擬人化されているのは、家父長的な象徴権力に対抗する、差別され抑圧された人々の精神的象徴だからであろう。儒教社会の中でつねに構造的劣位者を刻印されていた女性や、規範に外れ虐げられた民衆の想像力を喚起するものだったのだ。

儒教社会に対して本格的な異議申し立てが行われるのは、アヘン戦争後の十九世紀後半、すなわち列強進出が本格化してからであるが、それ以前に上記のような反発や批判が底流にあったのだ。

その後太平天国の乱、変法運動、五・四新文化運動などを経て、中国の儒教社会はゆっくりと、しかし着実に改善されていく。

いま現代中国をながめてみれば、たしかに儒教はいまだゆるぎなくその民衆の深層に息づいているだろうが、その一方で、儒教社会を批判的に見る目もまた、力強く現代につながっているということではないだろうか。