1999年・上海

「新人類」の生態

衛 慧
桑島道夫訳

『上海ベイビー』

文春文庫、2001.03

輸入文化が猥雑に入り乱れたメトロポリス上海。

主人公は、親子関係にトラウマをもつ男と寄り添い合いながら、ドイツ人男性と不倫してしまう。そのなりゆきを通して、都会に住む若者の行き場のない虚無感を描いた作品。

そのテーマと周辺に登場する小道具の描き方は、むかし読んだ田中康夫や村上春樹を思い出す。上海は20年前の日本か、みたいな気もチョットした。

しかし、とにもかくにも、1999年を舞台にして、上海人とその生活がスタイリッシュなものに描かれている。

たとえば、欧米文化との多文化混交ぶりやオールド上海ネタなどがこれでもかと見せつけられ、また、よく知られたストリートの名前などもふんだんに盛り込まれ、とっても上海ッ!という装いがほどこされている。

それはちょうど、大島渚がヨーロッパ人にウケるようにエスニック・ニッポンを誇張した映画作りをしていたようなもの?

あるいは、ウォン・カーウァイが香港をカッコよく撮って、イメージを塗り替えたようなこと?

ウッディ・アレンとニューヨークの関係のようなこと?

要するに、1999年の上海という物語の舞台が執拗に描かれているのだけれど、それが実際の上海というよりも、外からの目をかなり意識した、サービス精神とも自意識過剰ともつかぬこだわりかたをしている。

ただ、主人公と家族とのしがらみの部分には、意外に穏当なホームドラマ的展開があり、ほかの奇抜さを狙った部分が中和されている。

そういう部分にむしろ、1999年の上海に生きていた「新人類」世代の素顔がでている気がした。


帯には、こうある。

たちまち発禁処分を受けた中国の大ベストセラー。ポルノか新人類文学か?

性描写の部分がひっかかったのか、中国では発禁処分だったらしい。

しかし、ヘンタイ先進国のわたしたち日本人にとって、それはおどろくような描写ではない。

つまり、毒のある小説をあまり期待すると、肩すかしにあう。

むしろ、そういうセンセーショナルに煽る宣伝文句をいっさい忘れて読んだ方が、おもしろいんじゃないだろうか。

性・愛・死に遭遇する青春の傷心ドラマ、くらいで。

主人公の目を通して描かれる著者の私小説的な作品なんだけれど、その点も、むしろ、生身の著者自身がどうのこうのとヘンにうがちすぎず、あくまで創作された人物として読んだほうが、おもしろいとおもう。

そのほうが、主人公以外の登場人物たちにも目配りがいって感情移入しやすいし。

極端な話、ホントの著者は男で、それが1999年の上海のある部分をデフォルメして小説化してみました、というものだとおもってたほうが、読みやすいとおもう。

つまり、書いた生身の著者とむすびつけられて話題にされすぎたもんだから、内容それ自体がひっこんでしまい、損をした作品の気がする。

そういう意味で、センセーショナルさで話題になった刊行当時より、時をおいた今のほうが落ち着いて愉しめるのでは?


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