帯に「この本は、文部省が作った教科書です」とある。
これは、戦後占領時代の民主主義の「教科書」として、1948年秋と1949年夏に、それぞれ上巻・下巻として出版された本らしい。
当時の教育行政はGHQの管理下にあった。だから、くわしい経緯はわからないが、これを書いたのは日本人ではなく、GHQの教育行政スタッフたちではないだろうか。
そのことは読みすすんでいくと、確信していく。
まるでアメリカの51番目の州の中学生に、アメリカの建国の理念を徹底的に教え込もうとしているかのような内容なのだ。
たとえば、専制政治や独裁政治をていねいに批判し、戦前日本の封建主義的権威主義や国家主義はまちがっていたんだと教える。
逆に、個人主義をもとにした民主主義こそが、人類が長い年月かけて育てた、世界的に普遍な価値であり、平和のいしずえであると、くりかえし情熱的に説いている。
一般の日本人も、そして天皇も、軍国主義政府に利用されたのだ。
これからはまちがった権威には抵抗できるような、政治的に自立した自省的な個人に生まれかわらなければならない。
そして、失敗をおそれずに試行錯誤しながら社会をつくっていけばいい。
そう力説している。
また、せまい領土に多くの人口を抱えていたって、スイスやデンマークを見よ、優秀な日本人ならきっとやっていけるさ、と、はげましてもいる。
それはまるで、がんばれ、負けるな日本人! と、いまにもさけび出しそうな、あつ〜い語り口だ。
これを読んでいると、フランクリン.D.ルーズベルトの就任演説に似てるなとおもう。
ちなみに、ルーズベルトの演説の一節は、こうだ。
わが国の現状に、率直に向き合うのをためらうべきではありません。この偉大なる国は、これまで耐えてきたように、これからも耐え抜くことでしょう。われわれは発展し、繁栄するでしょう。… われわれが唯一恐れなければならないのは、恐れることそれ自体なのです。
これは1933年にルーズベルトが、不況にあえぐアメリカ国民に呼びかけたものだ。
さらに、1937年の二期目の就任演説では、かれはこう語っている。
わたしは、… 数百万の人々が、農産物や工業生産物を買う手だてをもっていないのを目にしています。…わたしは、国民の3分の1が、衣食住に事欠いているのを目にしています。
しかし、わたしは絶望しながらこのような情景を皆さんに描いてみせるのではありません。希望をもって描いているのです。なぜなら、この国は、そうした不公平さを目のあたりにし、理解し、この情景を塗り替えようとしているからです。
本書『民主主義』は、それにそっくりな語り方をしている。
F.D.ルーズベルトの演説は、
以下の CD Bookに抄録されています。

『20世紀の証言 第1巻 アメリカ政治の展開』
アルク、1998年。
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戦後占領下の行政をとりしきったGHQのスタッフには、ニューディール政策を信奉した人々が多く、若いかれらは、アメリカでも実現できなかったさまざまな理想を日本で実現しようとしたと、なにかで読んだことがある。
もちろん、アメリカ人にとって、日本人は憎き敵国人だった。日本の中国侵略を憎み、経済封鎖をして日本を追いこみ、パールハーバーへと誘い、そのうらみをもって原爆を落としたり空襲して一般人を虐殺しまくった。そして、上陸作戦では自分たちも多数の同胞を殺された。
それじゃあ、占領軍の行政スタッフとして乗りこんできた人々まで、日本人を心底から敵視し、憎悪を抱いていたかというと、そうではなかったらしい。
むしろ、荒廃した国土からふたたび立ちあがろうとしている日本人に、同情的な人々さえいたらしい。
それはちょっと、信じられないような寛容さというか、おひとよしぶりというか…
たしかに、かれらにとってみれば、日本が防共の砦として一日も早く再建することが、必要だったのかもしれない。
しかし、本書にみられるような情熱は、それが理由なだけではない気がする。
反共というパワーポリティクスの論理とはべつに、民主主義のエバンゲリストとして使命感に燃え、ぼろぼろの日本人に救いの手をさしのべようとする、そんな純真な人々も多かったのではないだろうか。
たとえそれが、欧米中心の世界史観のために独善的であったり、日本人に対する一方的な偏見を含んでいたとしても、その政治的正義感には、心を打つものがある。むしろ、そんなところにさえ、若い国っていいなぁとうらやましさみたいなことを感じてしまう。
本書を読みながら、そんなことをおもった。
ところで…
戦時中、日本の知識人たちのなかには、まさに、この本が説いているような欧米中心の歴史観やアメリカニズム、自由主義などを極度に忌みきらう人々がいた。
そうした知識人たちは、たとえば京都大学の一部の教授たちや、文学者、新聞記者などだったのだけれど、いまから思えばびっくりするようなことだが、かれらは堂々と戦争を肯定する側に回っていた(つまり事態が泥沼化し、早期停戦の機会が失われたことは軍部支配のせいだけにすることはできない)。
では、かれらやかれらを支持した人々は、戦後、アメリカのもとで民主主義化していく日本を、いったいどういう気持ちで見ていたんだろう?
とくに、国体を和をもって護持していくという発想と、反権威主義こそ民主主義だという発想は、水と油のようだ。
あと、いまわたしたちが改正しようとしている昭和憲法も、じつは、この『民主主義』を書いたような人々によって作られたんだと思う(たぶん)。
そして、それがお仕着せのものだからという理由で、変えるべきだという人たちが、日本人のなかには(とくに自民党議員とかに)多い。
つまり、日本には、日本文化の独自性とか個性とかを強調したいために、民主主義であってもそれがアメリカ流だというだけで拒否感をあらわす人たちがいる。
そういう日本文化の固有性を守りたい人々にとっては、アメリカ流を押しつけられることは、脅威であり、ありがためいわくなのだ。それは戦前戦後を問わず、一貫している。
そう考えると、本書『民主主義』は、表面的にはともあれ、社会の深層心理のようなものからいえば、けっしてすんなり抵抗なく受け入れられた本ではなかったろうとおもう。