本書は、東京裁判で死刑になった政治家、広田弘毅(ひろたこうき)を描いた小説である。
サスペンスタッチの冒頭から死刑執行まで一気に読ませられた。文句なしにおもしろい。読後しばらく、広田弘毅に同情して涙が止まらなかった。さすが城山三郎。すごい。
内容は、東京裁判をうたがうものである。東京裁判で死刑になったのはほとんど軍人で、文官では広田弘毅ただひとり。そのかれの弁護側の主張を裏付けるようなストーリーである。
つまり…
広田弘毅は国際協調に尽力し、軍部の独走を必死にくいとどめようとした。
戦争の原因は、広田弘毅らではない。明治憲法に含まれた欠陥こそがあの戦争を生んだのだ。長州が作った憲法が日本を滅ぼしたのだ。
…というもの。
本書は1974年に発表され、毎日出版文化賞と吉川英治文学賞を受賞した。当時の日本人にとって、「よく言った!」という気持ちがあったのだろう。
しかし、である。
現在の学界では、そういう心情的な広田弘毅論はまったくといっていいほど認められていない。
東京裁判の正当性の問題や、かれが死刑に値するかどうかという問題はともあれ、かれに責任があったこと自体は免れない、というのがおおかたの見方である。
広田弘毅は国際協調に尽力したというが、基本的にアジア蔑視の脱亜論者であり、中国の抵抗意識や被害者感情に理解がなかった。国際協調というのも、日本の対中侵略に対する欧米の怒りをなだめようとしたに過ぎない。
広田の軍部に対する抵抗がいわれるが、結果的に軍部専横を黙認した罪はまぬがれない。それどころか、軍部大臣現役武官制を復活させた点では、軍部専横を推進する役を演じた。
城山三郎がもちあげる「自ら計らわず」「無欲」という広田の信条も、リーダーシップや責任感のなさを表すものにすぎない。平時であるとか、かれが官僚であるとかならともかく、非常時の首相・外相の掲げる信条としては、まったくふさわしくない。近衛文麿が公家の無責任さだとすれば、広田には官僚出身者の無責任さがあった。
要するに、いくら当時の国際情勢や日本の法制度に構造的な問題があったとはいえ、広田個人に責任がなかったとまではいいきれない、ということである。
こう見てくると、この小説が1970年代にふたつも賞をとったということの意味がわかってくるような気がする。
日本人の中には、戦前さかんに戦争に協力しておきながら、戦後になってじぶんは終始平和主義者だったと装った者も、じつはけっこう多い。
いや、もっと正確に言えば、主観的・心情的にいえば、圧倒的多数の日本国民が、自分は正しかった、あの戦争に力を貸したことは当時戦争をおこなっていた国民の義務だったんだから、それが正しかったんだ、しょうがなかったんだと信じていたとおもう。
あるいは、すくなくとも侵略主義的だった軍人たちにいやいや協力させられたのであって、自分としては中国でおこなわれていた残虐行為も知らず、つねに善意ある国民だったんだ、と。
むしろ、なにも知らされないままに戦争に巻き込まれ、食うに困る生活を強いられ、家族を失い、家を焼かれた被害者であって、その責任はアメリカにこそあるんじゃないのか、と。
そういう人びとは、東京裁判での、戦勝国の一方的な断罪にも疑問を持っていたにちがいない。
しかし、戦後ながいあいだ、そういう気持ちを公然と言うわけにもいかず、戦争協力をした国民という不名誉な評価に、腑に落ちない気持ちやら、いわれのないうしろめたさだけを感じつづけたのではないだろうか。
そして、人びとは、そういう晴れぬ想いを広田弘毅に投影したのではないだろうか。この本は、そういう自己弁護の心情にヒットしたのではないだろうか。
つまり、この本に描かれた広田弘毅は、戦後日本人の自己弁明が仮託された姿ではないだろうか。
そう考えると、学問的立場による客観的・歴史的評価と相当異なることも納得がいく。
また、この本に描かれた広田弘毅が、実際の広田弘毅とは思えなくなってくる。
そして、黙して語らず、自己弁明しようとしなかった広田自身の望んだ姿でもなさそうな気もしてくる。