| 本書によると…
アメリカ人はアメリカ人の書いた「アメリカ文化論」は読むけど、他国人が書いたものはほとんど読まない。
中国人は、中国人が書こうが外国人が書こうが「中国文化論」にはほとんど関心がない。
それにくらべて日本人は、日本人が書いたものだろうが外国人が書いたものだろうが、とにかく「日本文化論」が好きだそうだ。
戦後書かれた日本人論・日本社会論・日本文化論のたぐいは、1,000編は超えるという。
日本人は並はずれて「日本文化論」が好きらしい。
ところが、この「日本文化論」というのが、ちょっとあやしいものが多いという。
というのも、学問的に根拠があるというより、お手軽に読めてそこそこ気持ちいい、ぐらいで書かれているのがほとんどだからという。
正しいかどうかより、おもしろく書かれていて、読者を引きつけられ、売れればいいというわけだ。
作者の立場からいえば、まじめな研究書を必死に書いて売れないよりも、かんたんに書いて儲かるほうが、そりゃやっぱりうれしい。
だから、よく読まれる「日本文化論」には、「日本人」の自尊心をくすぐるものが多くなる。たとえば…
日本人はみな、モンスーン地帯の稲作農耕民族で、集団志向性が高く、和を尊び協調的で思いやりがある。
また、日本人は自然をこよなく愛している。以心伝心で意思疎通をしている。それはヨソ者には理解しにくいものだ。
日本は欧米とならび文明的に最先端であり、アジアで最も進んだ単一民族国家である。
日本人の精神は、日本に生まれ日本語を話す者にしかわからない感覚であり、それは世界からは神秘的と思われるほど独自でユニークなものである… などなど。
おもわず、ホントかいなと思ってしまうが、いわれて悪い気はしない。というか、じぶんもそういう「日本人」にならなければいけないのかもと、つい思ってしまう。
「日本文化論」とは、多くがそういうたぐいらしい。
こういう通俗的な日本文化論がもっと問題なのは、それらが、日本人を同質的なものとせまく決めつけてかかってしまうことだという。日本列島=日本人種=日本語=日本文化=日本社会であるかのように、排外的な発想に止まってしまうところが問題だと。
実際には、日本人・日本社会・日本文化はどんどん多元的になっていっている。なのに、本屋をみると、内向きな発想に共感が集まり、日本人同質論がよく売れている。
みんな、国際化が進み異質なものと接触する機会が増えて、そういうのに不安を感じているということか。
つまり、退行的に保守化しているところに迎合して、エセ日本人論がまかりとおっているところが問題なのだ。
ふりかえってみれば、日本はむかしから、それほど均質的な社会だったわけではない。にもかかわらず、天皇制も含め、むりな神話が「日本」を一元化してしまおうとして社会を縛っている。「日本文化論」はそういうイデオロギーと無縁ではない。
著者はそこを警告している。
いくらおもしろい「日本文化論」でも、その「日本人=均質な単一民族」という前提を疑わないとヤバイということだ。
最近テレビでも、「ハイテクと伝統が結びつくところに日本人らしさがあるんです」な〜んてしたり顔にコメントしてるのを見た。
おもわず、「ハイテクと伝統が結びつかないわたしも日本人なんですけど。ちなみに、中国人は、ハイテクビルを風水にのっとって作ってますし」とツッコミをいれたくなってしまった。
ちなみに…
ハルミ・ベフという著者のお名前から想像したのは、ベフという姓のアメリカ人と結婚したハルミさんという若い日本女性でした。実際には、日本名・別府春海という、1930年生まれの男性でした。
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