天皇は偉かった。

猪木正道

『軍国日本の興亡 日清戦争から日中戦争へ

中公新書、1995.3

本書は、日清戦争から日中戦争までの日本の近代史を、軍国主義化の時代として語ったものである。

というのも、このセンセイいわく、日本人が国際社会に尊敬されるためには堂々と愛国心をもたなければならない。そのためには空想的平和主義に陥ってはならない。過去の軍国主義を批判的にとらえながらも、現在の軍備については正当に評価すべきである。自国の軍隊を後ろめたいものかのようにあつかうのはおかしい。だから、過去の軍国主義化をはっきりさせておこう、という、防衛大学校校長を勤めたこの先生ならではの主張がある。

でも、堂々と愛国心をもとうっていう、そういう日本の独自性を強く主張する傾向が軍国主義を育てたんじゃなかったかなぁ。

で、そんな猪木センセイによるこの本のおもしろいところは、著者自身の、明治天皇、昭和天皇に寄せる絶大な信頼の部分だ。

明治天皇は偉大な君主に成長された」「明治天皇の崩御によって、大日本帝国は国家意志を統合し推進する中核を失った。国民がこぞって天皇の崩御を悼んだのも無理はない」…

読み進むとこんな一節が出てきて、おやっと思うのだ。

筆者はさらに、1930年代には日本人はみな発狂していたといい、軍人や政治家を徹底的にこきおろす。

けれども、昭和天皇のこととなると、二・二六事件では「陸軍首脳の無為無能に対し、ただ一人国軍の統帥という正しい観点から反乱軍の鎮定を命じられたのは昭和天皇であった」といい、「さいわい二・二六事件は、昭和天皇の厳然たる御命令のおかげで、一九三六年二月二九日、みごと鎮圧された」という。

悪いのは軍国主義であり、天皇に責任はない。天皇はいい人だった。これがこの本の基本的な立場のようだ。

なるほど、そうした見方は東京裁判がそうであったし、多くの歴史教科書もそうだった。

しかし、戦後教壇に立った教師たちには左翼的な人が多かったから、そうした公定の歴史認識もけっして社会の常識として浸透したわけでない。

だから、本書のように直球で書かれていると、正直なところおどろいてしまう。

むしろ、控えめにいっても…

「戦争における天皇の役割を過大評価し、すべてを天皇の戦争責任問題に帰着すべきではなかろう。… しかし、天皇が近衛文麿らの意向を無視し、自ら進んで退位の道を選ばなかったことは、後世に禍根を残すことになった」(笠原英彦『歴代天皇総覧』中公新書、2001年、300-301頁)

…ぐらいの躊躇は、みんな思っている。

反対に、猪木センセイがいうように、軍国主義が進んだ1936年時点の二・二六事件でさえまだ「厳然たる御命令」を下せる力をもっていたのだとしたら、なぜ天皇はその後、終戦まで口をつぐんでしまったのか。多くの国民が天皇の命令と信じ、膨大に無駄な殺戮をおこない、無残に死んでいったときに。

軍部は統帥権問題を盾に、政府をしり目に暴走していった。それはこの本が強調していることだ。じゃぁ、そのとき、それを止められる唯一の立場であった天皇はなにをしていたのか。疑問が消えない。

しかし、昭和天皇を尊敬してやまない猪木センセイにとってはそんなことは思いもよらないのだ。

この本自体が、「軍国日本」の問題をよく表しているといえよう。


ちなみに、このセンセイは…

「多年にわたる研究・教育など幾多の業績によって、1981年(昭和56年)4月、紫綬褒章を授与され、また、1986年(昭和61年) 11月には、勲一等に除せられ、瑞宝章を授与された」

…そうである。当時はもちろん昭和天皇。さぞ、うれしかったでしょうね。


そっれにしても…

「日本が今日独自の文化として誇れるのは明治より前の江戸時代、室町時代、鎌倉時代、平安時代、奈良時代の文化ばかりであって、維新後のものはほとんどない(8頁)」

だって。あぁ。

このセンセイはやっぱり、どうだ日本! みたいに、いばりたくてしかたないみたい。

ぼくらの世代はそうじゃない。

アニメやカラオケ、J-popなんかを、ぼくらだけじゃなく、海外の人も一緒に楽しめてよかった、みたいなところで、そういうぼくらの「文化」があってよかったと思っている。

そういうとき大切なのは「誇れる」かどうかじゃない。

ぼくらがおもしろいとおもってることを、国が違ってもやっぱおもしろいよね、そうだよね、っておもえること。そういう共感がイイとおもう。

こんなのがある日本っていいだろ、みたいなジジくさい自慢はしたくない。誇れなくたって、べつにいい。

その点、ぼくらと猪木センセイじゃ、ぜんぜん感性が違ってる。でも、センセイがいつも正しくて、ぼくらが未熟ともいいきれないだろう。率直に言って、時代錯誤な老人には早く引退願いたい。


本書よりは大杉一雄『日中十五年戦争史』をオススメします!