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戦後日本人は、中国にさまざまな想いを抱いてきた。 侵略の贖罪意識に悩み、共産中国を恐れ、新中国に期待し、日中友好に酔い、天安門事件に失望し、改革開放に踊り、覇権主義にビビってきた。 ぼくらは、そんなあれこれの時代に書かれたもので中国を知るもんだから、やたらといろんな知識やらイメージやら、偏見やらをもっている。 それでいて、むしろ、いま動いているレアな中国の姿を、じつはぜんぜん知らなかったりする。 じつはいま、中国はスゴイことになっているのだ。 これまで書かれてきたものなんか、みんな通用しないような、キッチュな世界がダイナミックでアナーキーに展開しているのだ。 それは、たんにデカいビルが増えているとか、いたるところにマクドナルドができたとか、そんなきれいごとじゃない。 四千年の歴史を持つ中華料理店はファミレスになり、街では携帯電話がそこかしこで鳴りまくる。清朝以来の旧宅は、最新の家電で埋め尽くされている。それぐらいはあたりまえ。 若者はスーツで登山をし、オバサンは美容に明け暮れ、おばあちゃんはKFCで誕生会を開く。おネエさんは靴下の上からストッキングをはき、透け透けルックで、わき毛は剃らない。 モーターショーはキャンギャルとのツーショット撮影会と化し、広告入りTシャツを着た自転車少年たちが怒濤のごとく街を駆け抜け、最新のモードに身を包んだ美女がスズメの丸焼きにアタマからかぶりつく。 したたかで欲望に忠実。合理主義者でエゴイスト。そんな中国人民がくりひろげる、目もくらむようなミラクル・ワールド。本書が見せてくれるのは、そんなレアな中国だ。 ひるがえって、この数年の日本ときたら、押し寄せるメイドインチャイナのひきおこすデフレにあえいでいる。そして、日本が過去の国になりさがるかのような絶望感がまん延している。 その日本の対岸で、こんな楽しいアミューズメントな現実が展開しているのなら、行かない手はない。 「中国、けっこう遊べる」… それがいまの、わたしたちの中国観かも。 |
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