8月9日
日本のジャズ界を牽引したとかいうジャズ雑誌が廃刊になったらしい。昨日、友人との電話で知った。
ま、「へえー」と間抜けな声が出た。
高校生の頃から何年も買っていたが、上京した辺りでプツリと手に取らなくなった。
結構な値段で中身の大半は広告、ってな具合に進化だか後退だかをし始めたころのある日、広告ページを全部外してみると、ペラペラの中身が残った。
評論のほとんどが雰囲気論のように見え始め、実は分かってないんじゃなかろうかと疑い始めたのもその時期だ。
ジャズをレコードだけで語るところに無理もあるような気がした。録音されたものなど演奏されているもののほんの一部。
評論家の植草甚一さんの本は何冊か読んだ。少し前に、その中の一冊が出てきたので読んでみると、若い頃ほどの感動もなく、ジャズが好きな自分が好きなおじさんの独り言のようだった。本家のダウンビートとかジャズタイムスが面白いのはプレイヤーのインタビューが核になっているからだ。
ま、ジャズに限らず、音楽を言葉で語るのは難しいというか、無駄に近い。それに、プレイヤーのように理解するのは無理ってなものだ。そりゃあ、プレイヤーのように専門的に理解しなけりゃいけないってことはないのだけど、ただ「いい」とか「よくない」なんて言われても困るわけだ。
その昔、東中野駅でたまに見かける、同世代でフリージャズ指向のアルトサックス吹きがいた。その彼がアルバムを出した。話したこともなかったけど、内心「おまえ、やったじゃん」と僕は喜んでいた。
そのアルバム評がかの雑誌に載った。タイトルは「Tidal Wave」
潮流とかいった意味だ。レコード評は散々こき下ろした揚げ句、「これはTidalどころか、さざ波だろう」と書かれていた。
ほんと、腹が立った。
で、廃刊になって、少し喜んでいる自分がいる。
7月28日
冬の凍てつく厳しさに比べれば、夏の暑さはいかほどかと、断然夏派を主張していたわけだが、今年の猛暑はさすがに判定も揺らぐ。
ま、喉元過ぎればなんとやらで、忘れているだけかも知れないが、こんなに長く続いた猛暑日の記憶はない。
今や国民的な人気を誇るとされるアニメ制作の監督が、iPad発売に伴う騒動を見て、「ネット上の情報など大したものではない。重要な情報は違う場所にある」というようなことを仰ったとか。
ま、ネットの世界はまだまだ発展途上であって、反論するものではない。例えば、何らかの情報を検索したとして、僕らは音楽的な情報を探していたりするわけだが、だいたい匿名の誰かが作成したサイトがヒットする。で、そのようなものをかき分けた末に、少々の情報にたどり着くわけだ。
こと音楽に関して言えば、誰でも感想を申し述べたくなるものらしく、夥しい数のページが存在する。そのほとんどは匿名。
結果的に無責任な情報が氾濫する。かの巨大匿名掲示板は、その匿名性が故に、言いたい放題が時々面白い。
それは別にしても、日本の匿名個人サイトの多さは世界の中でも突出していると聞く。
で、デイブ・スペクター氏の言う「この国の文化は素人文化ですから」ってのと関係あるのかどうかは知らないが、専門家は匿名のサイトの多さが望ましくないと苦言を呈する。
頻繁にネット上で目にする言葉。「更新が滞って申しわけない」
サイトを作ることは流行りであって、将来的には情報を求める側が選択しつつ淘汰されるのだろうけど、やはり情報はプロフェッショナルなものの方がよい。
7月15日
気の毒なことだが、西日本の豪雨は続き被害は広がる。
気象状況は、数年前の地球シミュレーターが予想した通りになっている。異常気象は加速する。とは言いつつ、車も一通り売れ、エコエコの連呼は下火になってきた。
立ち食い蕎麦屋のハシが置き箸に転じたあたりはエコとは無関係のような気もする。
政権は揺らいでいる。テレビの確信犯的なバッシングも目立ち、厳しいことになると思えたが、ここまで極端な結果になるとは予想もしなかった。結果的に一番避けなければならないチョイスをこの国はしてしまった。ま、政権交代以降、凡ミスもあって順調でなかったのは確かなんだろうが、こんなに早く前政権政党に戻すこたぁない。
まとまる話もまとまらなくなり、ギクシャクしたままの政治がしばらく続くわけだ。
選挙運動中も、やれブレただの何だのと、与党に対する批判はトーンダウンすることがなかった。政治の混乱を面白がっているのではないかと思える節もあった。実行力がないとの意見も多いが、2、3年は待つべきだとの話だったように記憶していたのは空耳だったか。
で、懲らしめることになった結果がこれだ。
沖縄問題も拙かった。最低でも県外などと余計なことを言って墓穴を掘った。公約は無残に崩れ不信が残った。
普天間の危険性を除去する手筈は絶えた。
基地問題に関しては、これまで、何人もの政治家、評論家、学者先生達の意見を聞いたわけだが、誰も解決に至る糸口さえ語れなかった。「難しい問題です」としかめ面で言い、「これからも積極的な論議を」などと閉められるのが落ちだった。
国内のどの場所でも、基地を移転するなどと言おうものなら住民は真っ赤になって猛反対。
国全体で考えることだと言いながら、誰が考えたって解決出来るわけなどないことははっきりした。
じゃあ、政権政党には解決できるのか、ってな話になるわけだ。
米軍が首を振らぬ限り何も進展せず、そもそも米軍は撤退する気などない御様子。与党の政治家とは言えど、そこらのオッチャン、オバチャンと何も変わらぬ人たち。そんなことは見てりゃ分かるものだろうに、打ち出の小槌を持ったスペシャリストであるかのごとく、みんな無理を承知で押し付ける。
国全体で考えるべきだと言いつつ「がんばれ」もないものだ。
有事の際に米軍が盾となって戦ってくれるのかといえば、これは相当怪しい。じゃあ、米軍にはお引き取り願って、自国で防衛するために軍備をと曰おうものなら、これも猛反発を受けることになる。
なんだかね、都合の悪いことは全部他人に押し付け、批判ばかりが目立つ国の様子が、末期症状のように見えないこともない。
7月8日
4年ほど続けたブログを閉じた。怠け癖が首をもたげたというか、別のことで忙しくなった。要するに、ライブでやり残している感のある楽曲を、ああだこうだと吟味する時間が恐ろしく長くなった。
この2ヶ月の間に、チェット・ベイカーとビル・エヴァンスの本を夢中になって読んだ。二人とも相当なジャンキーで、すさまじい生き方だったことを知ってはいたが、詳しく読むにつれ圧倒された。
歴史に名を刻む天才達にどんな影響を受けたのかなどと言うのもおこがましいが、少なくとも起きている時間の大半を音楽に費やすぐらいの刺激は頂いた。ま、単純なものだ。

(左から。「チェット・ベイカー /その生涯と音楽」J・ドフォルク著/星雲社 2571円、「終わりなき闇/チェット・ベイカーのすべて」ジェイムス・ギャビン著、鈴木玲子訳/河出書房3900円、「ビル・エヴァンス /ジャズピアニストの肖像」ピーター・ペッティンガー著/水星社3000円)
何年も納得しなかった曲作りが、突然ポンと音を立てて始まった。
楽曲を吟味するなどと書き、しかしながら、その興味は時代の彼方ほど昔のものに遡ることにもなった。
ビリー・エクスタイン、チック・ウェッブ、レスター・ヤングなどの曲を復習うようになった。
複雑化する以前のジャズ楽曲の持つエネルギーに、核があるのではないかと今は思えるわけで、シンプルが故に難しく、いったい今まで何をやってきたんだ的に追い込まれる。
ってな調子で、時間は足りない。