ケ ン ス ケ & マ ス ミ シ リ ー ズ

あなたと私の恋天秤
                                 〜ケンスケ&マスミシリーズ2と1/2〜

 トボトボと、廊下を歩く。落ちるのは、巨大なため息ばかりだった。分かっていたことだ、それも重々に。胸の内で繰り返すたびに、相田ケンスケの口からはため息がもれた。
 憬れは、募るばかりだった。親友たちは命懸けで戦い、自分は見ているだけ。もちろん、ミーハーな感情が多々あることを自覚しているのだが、悔しいことには変わらない。自分も………と、望む気持ちは止めようがなかった。あんな夢を見てしまえば、なおさらに。
 ほとんど無意識に下駄箱で靴を履き替え、ケンスケはどんよりと暗いオーラをまといつつ校門へと足を進める。日付的に考えて、早売りの本屋なら彼が毎号購入している写真関連雑誌が手に入るのだが、今日はもう、そんな気になれなかった。早いとこ帰って、寝てしまおう。
 結局のところ、自業自得と言うことを知っているケンスケは、ふて腐るでもなく思う。まぁ、自分ではこんなもんだ、と。分かってはいるが、それはそれで十分以上に情けない。だからこそ、落ち込んでいるのだ。
 ふらふらとおぼつかない足取りの彼が校門に差し掛かった時、必要以上に元気な声がその背に追いついた。
「ケーンスーケーくぅーん!!」
 振り向けば、転ばないかと心配になる勢いで、メガネの少女が駆けてきていた。先だって彼の彼女と相成った二−Dの元気少女、長原マスミである。嬉しくって仕方がないと如実に語る笑みで、マスミはケンスケの傍らに駆け込んだ。尻尾があったら、せーだいに振っているに違いない。
「あ、ああ、長原………」
 どよーんとした空気を隠そうともせず、ケンスケは半ばイっちゃった目でマスミを見る。一瞬、眉をひそめたマスミであるが、そんなことはお構いなしと、ケンスケを上目使いに見上げる。
「ね、一緒に帰っても………いい?」
「あ………うん」
「やた! ありがと、ケンスケ君!」
 あんな風に甘えるような、それでいて怯えるような仕草で頼まれて、嫌と言えたら大物である。当然、ケンスケに断ることはできなかったし、素直に喜ぶマスミの笑顔は十分に可愛かったので、彼にとっても眼福である。知らず笑んで、ケンスケはマスミと連れ立って校門を後にした。
 いつもより元気のないケンスケと、いつも以上に元気なマスミ。今日の授業、昨日のTVドラマ、今欲しいもの、行ってみたいアイスクリームショップ。彼女の話題は尽きることがない。その全てに相槌を返しつつ、なんとなく、心が軽くなっていることに、ケンスケは気づいていた。
 彼氏彼女だとか、付き合っているとか言っても、所詮中学生であり、しかも付き合い始めて間のない二人である。少々ぎこちなく、初々しさを辺りに振りまきながらの下校は、分かれ道で終わりである。
 これから何処かへ遊びに行くと言うのは、まだ照れる。しかも、今日のケンスケにはそこまでの余裕はなかった。
「………それじゃ、僕こっちだから」
「うん………」
 傍から見てもつれない一言を残して、ケンスケは家路に足を向けた。マスミにしては歯切れの悪い返事が気になったが、今は少しばかりおっくうで、振り返る気になれない。しかし。
「あの、ケンスケ君!」
「え?」
 思わず振り返ってみれば、なにやら思い詰めた顔のマスミ。こう言う表情の時、この少女は驚くほどの行動力を発揮する。以前頂戴したジャーマンスープレックスを思い出し、背筋を振るわせるケンスケ。しかし、マスミは顔の前でくるくる指を回しながら、あーとか、うーとか、唸っている。顔も、赤い。
「あの………あのね?」
「う、うん」
 ちらちらと彼の顔を見ては、視線をそらす。何度も口篭もった後、マスミは言い辛そうに、口を開いた。
「その………今日のケンスケ君、何かあったの、かな?」
 咄嗟に言葉に詰まったケンスケに、やっぱり言うんじゃなかったと顔に書いて、マスミは弁解を始めた。可哀想になるほど、うろたえて。
「えっと、その、無理に聞きたい訳じゃなくて、できれば話して欲しいなって思わない訳じゃないんだけど、でもやっぱりそのケンスケ君にも都合があるだろうし、そりゃ気になるし、ケンスケ君の落ち込んだ顔なんて見たくないし、いやだからそのえっと………」
 呆気に取られたケンスケの前で、あうーっとうめいてマスミは活動を停止した。自分がどれだけ恥ずかしいことを口走ったか、今更ながらに自覚したのだろう。再び意味もなく指をくるくる回して言葉を捜すが、焦れば焦るだけ、何も思い浮かばない。そして、トドメと言わんばかりにケンスケが吹きだした。
「ごめん、私、帰る!」
「あ、待って長原!」
 脱兎の勢いで身を翻したマスミの腕を、辛うじてケンスケが掴んだ。普段の彼の運動能力を考えれば、賞賛に値する行為だろう。腕を掴まれて、逃げたいような、でも嬉しいような、ちょっと恨めしげな、複雑な顔で振り向いたマスミに、ケンスケは晴れやかに笑む。
「ちょっと、話を聞いて貰えないかな?」
「………うん」
 赤い顔でうなづいたマスミを、ケンスケは素直に可愛いと思った。


「で、まぁ、そんな夢を見て、ちょっと落ち込んでいたって訳」
「そうだったんだ」
 場所を変えて、近場のファーストフード。それぞれドリンクを買い、カウンター席に並んで腰掛けて、ケンスケの話。罪もない夢とは言え、それであそこまで落ち込むのだから、少々大袈裟にも思える。何か不幸があったのかと真剣に心配してた自分が、ちょっぴり可哀想になってしまうマスミであった。
「でもさー、やっぱ乗ってみたいよなー、エヴァンゲリオン」
「そう?」
 黄昏たため息をはくケンスケに、マスミは小首をかしげて聞き返す。
「そりゃそうさ。なんと言っても、人類の英知の結晶! 史上最強の汎用決戦兵器なんだぜ? これに憬れなきゃ、男じゃないよ」
 拳を振り上げて熱弁するケンスケに、少々引いてしまうマスミ。男の浪漫を語られても、乙女には理解が難しいようだ。後頭部にでっかい汗をかきながら、マスミが辛うじて反論を口にした。
「でもエヴァのパイロットになったら命懸けで戦わなくちゃいけないんだよ?」
「そんなの、覚悟の上さ!」
「………ヤな覚悟だよ、それ」
 速攻で返ってきた答えは、マスミとって何のありがたみもない。流石にケンスケもマスミの渋面に気づいて言葉に詰まった。ただでさえ理解者の少ない話題だし、自分の身を案じてくれる少女に同意を求めること自体が間違っている。だから、ケンスケは道化を演じることにした。
「まぁ、僕なんかじゃ逆立ちしたってエヴァには乗れないだろうけどねぇ」
 脱力してカウンターテーブルに突っ伏してみせる。その大袈裟で滑稽な仕草に、くすりとマスミが笑む。彼女が笑ってくれたことに安心しつつ、内心で肩をすくめるケンスケである。やっぱり、エヴァのパイロットへの憬れは如何ともしがたかった。
「ね、ケンスケ君」
「んー?」
 突っ伏したまま、生返事のケンスケの後頭部を指で突きながら、マスミ。
「もし、ケンスケ君がエヴァのパイロットだったら………」
「だったら?」
「私、ケンスケ君を好きにならなかったよ?」
 がばりと、ケンスケが身を起こす。マスミは頬を染めて、でもしっかりと彼を見詰めて微笑んでいた。
「え………っと、長原?」
 間の抜けた、ケンスケの声。それが、初めて告白した時のことを思い出させる。
「碇君のように憬れて、それで終わりだったと思うの。ケンスケ君が、今のケンスケ君だからなんだよ? ケンスケ君と、私の天秤が等しいから………私はケンスケ君が好きなんだよ」
 紡がれた言葉と、笑み。それはどんな麻薬よりも強烈に、ケンスケの理性を溶かす。
「パイロットのケンスケ君なんて、想像もできないしね?」
 ぺロっと可愛らしく舌を出して、笑う。悪戯っぽいその笑顔の中に照れ隠しを見つけて、ケンスケは調子を合わせることにした。そうでもしないと、理性が保てそうにない。
「ひどいなー、それ」
「えへ、ごめん」
 しばし笑いあって。ふと、ケンスケが上向いて表情を引き締めた。中空を見詰めながら、呟く。
「それでも、やっぱりエヴァのパイロットになりたいんだ」
「………ケンスケ君………」
 マスミの声に憂いが混じったことを察し、苦笑してみせる。
「そうじゃない。戦いたいとか、格好いいからとかじゃなくて………それもあるのは否定しないけど、そうじゃないんだ」
「じゃあ、どうして?」
「………隣りに、並びたいんだよ」
「………」
 どこか切ない声。ケンスケのもらした言葉は、まるで説明になっていないにも関わらず、マスミには分かる気がした。それは、自分も感じたことのある思いだからだろう。人類の未来を一身に背負い戦う人たちがいて、それを見ているしかできない自分がいる。それがもどかしく、また口惜しい。嫉妬ではない、憧れではない。両者の間に明確に存在する壁を、越えたいのだ。
 その気持ちは、良く分かる。分かるからこそ、彼女はそれを笑い飛ばした。
「そんなのノーカンだよ」
「へ?」
 彼女は、ケンスケの想像を易々と飛び越えていく。学校屋上での初めての告白といい、公園でのジャーマンスープレックスといい。それが、何故か心地良かった。
「パイロットとか、人類の救世主とかって、難しく考えちゃうからダメなの。そんなのぜーんぶノーカンにしちゃえばいいんだよ、ケンスケ君」
 彼我の立場、持ち得る責任。彼が引け目を感じていたそれらを排除してなお、その手に残るもの。それは、彼が求めていた物に他ならない。………彼は、最初から、その全てを手にしていたのだ。
「………ノーカンって………」
「そ、ノーカン!」
 屈託のないマスミと、脱力したケンスケ。徐々に、ケンスケの顔に理解と笑みが浮かんできた。
「そっか、ノーカンか」
「そう! ノーカン!」
 微笑は笑みに、笑みが笑顔に、笑顔が満面の笑顔に変わって行く。二人、涙が出るほど大笑いした。流石に辺りの視線が痛いので、ファーストフードを出る。真夏だけの空は、夕暮れに染まっていた。
 急に無口になった二人。何となしに足は進み、再び家路が分かれる所まで来てしまった。ピタリと止まってしまった歩み。気まずい沈黙。
 ふっと、マスミが肩の力を抜き、微笑んだ。たったそれだけのことで、気まずい空気が変わる。女の子の笑顔は凄いと、小さな感動。
「じゃ、私帰るね」
「ああ」
 頷いたケンスケを置き去りにして、マスミは突然のダッシュ。何事かと驚いたケンスケが呼び止めようとした、まさにそのタイミングで振り向いて、彼女は大きく手を振った。
「ケンスケ君が元気になって良かった! また、明日ね!」
 そして彼の返事も待たず、夕焼けの街に消えていった。挨拶を返せなかったことが少々心残りだったが、それは仕方がない。諦めて家路に足を向けて、ケンスケは今日一日引きずっていた重たく暗い気持ちが跡形もなくなっていることに気がついた。振り返って見ても、そこにはもうマスミの姿はない。
「………すごい子、好きになっちゃったなぁ」
 呟いて空を見る。気の早い星が、一つ輝いていた。


マスミ「こーれよ、これこれ! これこそ、まさにトゥルーエンドって感じ!?」
ヤヨイ「いや、まぁ………マスミがそれで納得しているなら………」
ユ カ「いいんじゃないかなーと」
マスミ「どゆ意味よ?」
ヤ&ユ「別に?」
マスミ「むー? なんか納得いかないなー。二人とも、なんだか反応が冷たいよ」
水 晶「まーそのくらいにしておけよ」
マスミ「どーしてよ?」
水 晶「どう自分を誤魔化そうとも真実は変わらないと、二人は思い知ったんだから」
マスミ「真実?」
水 晶「所詮、あの二人は独り者の彼氏レスってことさ」
ヤ&ユ「じゃかーしーっ!!」ゴゲシ!
水 晶「がふぅ!」
ヤヨイ「よけーなこと口にすんじゃないの!」
ユ カ「同情の余地なし」
マスミ「うーん、うーん、この場合は、水晶が悪い………の、かな?」
ヤ&ユ「当然!」
マスミ「じゃ、そー言うことにしておくね。って所でお時間かな?」
小娘ズ「
それではまた、次の後書で! しーゆー!」ちゅ!


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