続・あるいはこんな物語

ヒカリの場合
 見渡せば、一面の花畑。白い花が多いけど、所々に赤や青や黄色の花が咲いていて、とても綺麗。………空は例え様のない蒼碧。白い雲が煙るようにゆったりと流れている。とってもいい天気。………でも。
「どうして私はここにいるの?」
 大きく広がったスカート、ゆったりとした作りで袖のない上着。金の腕輪に、銀のネックレス………肩のこれ、マントだわ。手には作りかけの白い花輪。出来はあまり良くないけど、まだ手直しきくよね。………この服………あ、思い出した。この間読んだファンタジー小説のお姫様の衣装だわ。
 ………素敵なお話だったのよねぇ。主人公の勇者は凄く粗野で乱暴で強情張りで不器用で、そのくせ優しくて強くて………ちょっとだけ、ホントにちょっとだけ………鈴原に似ていて。お姫様、最初は勇者を嫌っていて。
 でも、いつの間にか………勇者から眼が離せなくなって。世界を救うためのだって、傷だらけになって戦う勇者を誰よりも信じて………信じ続けて。最後にその信じる心が勇者を助けて、世界は救われて。………素敵よねぇ。ラストシーンで結ばれた、勇者とお姫様が少しだけ羨ましかった。
 そうかぁ、この花畑。ラストシーンの舞台だ。世界は救われて平和が戻っても、勇者は帰ってこなくて。でも、姫だけは彼が帰ることを信じ続けていて、こうして思い出の花畑で待っていて。それで後ろから声がかかるのよね。
「やっぱここか、我侭姫?」
 そうそう、この台詞。………え?
「お前、何かあるとここに来ていじけてたからなぁ」
 慌てて振り返る。………汚れたズボン、袖のない黒いシャツ。ボロボロのマントをなびかせて、腰に差した剣。これって勇者の衣装だ。………顔は逆光で見えないけど、この声!
「………鈴原………なの?」
「何や、わしの顔を忘れたのか? 薄情な姫さんやな」
 呆れたように、鈴原が微笑む。凄く優しい微笑み。
「どうして………ここに?」
「どうしてって言われてもな。前からいじけたお前を連れ戻すのはわしで、見つける場所はここやったからな。今度もヒカリがここでいじけてるような気ぃしてな」
 ヒカリ………ヒカリだって! 鈴原が、私を名前で呼んでる。
「隣………ええか?」
「う、うん!」
「おおきに」
 鈴原が私の隣に座る。触れ合うには少し遠い。………ちょっとだけ、近寄ってみる。ちらっと様子をうかがうと、穏やかな顔で何処かと奥を見ている。まるで、私が隣にいることを忘れているみたい。………もうちょっと、近づいても大丈夫だよね。横目で鈴原を盗み見ながら、ちょっとづつ近づいてみる。………もう少し、あとちょっと位大丈夫だよね。
「なぁ、ヒカリ?」
「ははははは、はひっ!!」
「何や、いきなり素っ頓狂な声あげおって」
「何でもない! 何でもないの、ホントよ」
 びっくりした………えーん、びっくりしたよう。声かけて貰えたのはいいんだけど、何だか見すかされたみたいだし、近づいていたから………鈴原の顔がアップだったし。やだ、顔火照ってきたぁ。
「ホンマ、変わった姫さんやな、お前は」
 わ………わわわ! 鈴原が、あの鈴原がこんなに優しげに笑いかけてくれるなんて!! まるで夢みたい!! ますます頬が火照るのが分かる。私、絶対顔真っ赤ね。
「そ、それで、何?」
 俯いて先をうながす。そうでもしないと、おさまらない胸の高まりが鈴原に伝わってしまいそうで。
「ん? ………いや、何でもないんやけどな。ただ………」
「ただ?」
「ええ天気や、思うてな」
「うん………そうね。本当にいい天気ね」
「こないええ天気やと、腹空いてしゃぁないわ」
 もう、ムードないんだから! ………でも、鈴原らしい。クスクス笑ってたら、軽く小突かれた。
「何や、そない笑うことないやろ」
「だって………鈴原らしくって」
「まぁ、確かにわしらしいかも知れんが、そない笑われる程やないで」
「あら、そうかしら? 鈴原ってば、何かあるとお腹空いたって、そればっかり言ってると思うけど?」
「そないなことあるかい! わしかて色々哲学的な台詞かて言うとるわ!」
「そうね。今日のお昼は何にしようとか、夕食は何食べようとか、アレが食べたい、コレが食べたいとか、確かに哲学的よね」
「ヒカリ………お前な。それじゃ、まるでわしが食うことしか能のない様に聞こえるやないか! 知らん人が聞いて誤解したらどうすんねん!!」
「知ってる人が聞いたら、ああ、やっぱりって言うわよ?」
「うぐ………そ、そないなことあらへんわ」
「あるわよ」
「ない!」
「あるわ!」
「ないったらない!!」
「あるって言ったら、あ・る・の!」
「くぅ………口のへらん」
「口ばっかりよりはましよ?」
「………分かった、わしの負けや。ホンマ、ヒカリにはかなわんのぉ」
「あ………」
 納得したくないけど、納得しておこうみたいな複雑な顔で、鈴原は私の前髪に手を入れてかき回す。まるで、小さな子供にするように。………どうしよう。気持ちよかった。普段のドキドキとは違う、痛いような胸の鼓動。
 上目遣いに、ちょっとだけ睨んでみる。でも、ダメ。髪に感じる掌の暖かさに、かなわない。そんな私の気持ちに気付くふうもなく、鈴原は微笑む。
「まったく、情の強い姫さんやな、お前は」
「そう言う娘は………嫌い?」
 拗ねたような声が出てしまった。でも、聞かずにいられなかった。
「バカが。嫌いな訳ないやないか。………わしの負けや、言うたやろ」
「………うん」
 突然、鈴原が姿勢を正す。非道く真剣な表情。不意に二人きりという事実を意識して、私の鼓動が高まっていく。
「せやからな、ヒカリ」
「………はい」
「腹へった。何か食うモノ持ってないか?」
 ………何故? どおぉーして、この場面で、この台詞なの? もう、怒る気力もないわよ。
「そう………お腹空いたの」
「おお」
「お弁当………食べたい?」
「もっちろんや!!」
「………だったら、それなりの態度ってものがあると思うの」
 分かってない鈴原は素っ頓狂な声を上げる。
「態度ぉ?」
「いやなら良いのよ、別に?」
「もしかしてヒカリ。お前、怒っているのか?」
「あら、そんなことはないわ」
 と、微笑んでみせる。怒っているんじゃないの、呆れているだけだから。
「態度ねぇ」
 やっぱり分かっていない鈴原は、腕を組んで空を見上げて少し考えた後、笑顔でこう言った。
「好きやで、ヒカリ。………お前の弁当」
 …………………………………………………………………好きだって言った。すずはらがわたしをすきだといってくれた。頭の中で、その言葉だけがグルグル回る。『好きやで、ヒカリ』『好きやで、ヒカリ』『好きやで、ヒカ』『好きやで、ヒ』『好きやで、』『好きやで』『好きや』『好き』『好』。
 気がつくと、私は鈴原の目の前に大量のお弁当を広げていた。鈴原は、瞳を輝かせて端からその胃に収めている。………豪快というか、何というか。マナーなんて少しもなっていないけど、見ていて気持ちの良くなる食べっぷり。こんなところも、好き。作って良かったって、思えるから。
「何や、ニタニタ笑って。わしの顔に何かついとるのか?」
「ううん、別に」
「そか?」
 言って、また食べ始める。美味しそうに食べるのよね、本当に。その行動自体がもう答えって気もするけど、やっぱり、ちゃんと聞いてみたい。恥ずかしいから、ちょっと小声で。囁くように。
「ね、美味しい?」
「ふぐ?!」
 突然、鈴原が青い顔して胸を叩きだした。大変! 喉につっかえたのね! 慌て差し出した麦茶を一息で飲み干し、鈴原は大きく息をついた。
「大丈夫?」
「ああ………死ぬかと思たわ」
「もう、慌てて食べるからよ」
「そんなんちゃうわい! ………お前が阿呆な事を聞くからや」
「………阿呆な事って?」
 私、そんな事言った憶えない。
「言うたやんか………飯が旨いかどうか」
「………………な」
 そ、それが阿呆な事? ………こ、このバカトウジぃ!! 思わず手を振り上げそうになったその時、呟きが聞こえた。
「旨いに………決まってるやろ」
 途端に、体が硬直した。頬が火照っていくのが分かる。頭の中が真っ白になって、何も考えられない。だって………だって、鈴原が誉めてくれたんだもん。
 あうあうあう、本気で、真剣に何も考えられない。夢よね、これ。………絶対、絶対、絶対、夢よね。………でも、夢でも良い。
「ヒカリ………」
 あ………あれ? 鈴原がはにかんだように微笑んで。あ、あれれ? だんだん、顔が近づいてきて………あ、あれれれ? 肩に鈴原の手がおかれて。抱き寄せられて?
 ………抱き寄せられた? ………誰に? ………………鈴原に? 目の前は黒いシャツでいっぱい。恐る恐る、上を向いてみると………鈴原のアップが、笑顔で。
「………ヒカリ………」
 耳をくすぐるような、声。今なら………呼べる気がする。
「ト………トウジ………」
 きゃあ〜〜、呼んじゃった、呼んじゃった! 名前で呼んじゃった!! なんて私の心の大騒ぎを無視して、二人の距離が近づいていく。
 ………後少し………もう少しで………唇が触れそう。………これって、き、キスよね。あ、あああ、あ、もう、5センチを切ってる。もうだめ、目を開けてられない! カウントダウンするように近づく唇と閉じる瞼がシンクロして。
「………トウジ………」
 漏れるような呟きに返る、吐息のような言葉。
「………一発………」
 ………………………………………え?
「一発、やらせろ〜〜〜〜〜〜!!!」
 こ、これは何事おおぉー!!!!! 突然、鈴原がゲハゲハ笑いながら、あ、ちょっと待って、そんな、まだ私たちちゅーがくせいって全っ然聞いてない!
 あ、いや、待ってって、そそそそ、そんなところ!わわわわ、だって、こんなそんな、どうせなら、もっとムードのある、オシャレな所でって、そうじゃなくて!! とにかく、つまり、っこ、こんなの!!
「不ぅ潔よおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっっっっっ!!!!!」
 布団をけっ飛ばして、跳ね起きる。荒い息を整えながら、見回す部屋は………私の部屋。………そう、そうよね。やっぱり今のって、完全無欠に。
「……………………夢………よね?」
<To be next Kensuke's Dream>

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