あるいはこんな物語

アスカの場合
「で、わたしに話って何よ、シンジ?」
「………うん、あのさ………」
 相変わらず、うじうじとシンジ。何をびくついてんだか。
「だから何よ?」
「えっと………その………」
「ああ、イライラする! はっきり言いなさいよ、このアスカ様がこーんな汚い校舎裏についてきてやったんだから!」
 言ってから気がついた。ここって校舎裏だったんだ。
「ご、ごめん、アスカ」
「だから何よ、さっさと言いなさいよ! ………それともあんた、わたしと………た、たいまい、だっけ?」
「………タイマン………のことかな?」
「そう、それ………そのつもりなんじゃないの?」
「………どうしてそうなるのさ?」
「だって、校舎裏でタイマン勝負って言うのが日本の伝統なんでしょ?」
「………ちょっと………違うと思う」
「まぁ、何だっていいわ。………で? 何なのよ、話って?」
「うん………そう言えばトウジに殴られたのもここだったな」
「………わたしと会う前の話ね」
「うん………あれから、もう一年たったんだね」
「そうね………え?」
 ………何かおかしい気がする。わたしとシンジが出会ってから、一年もたってない。シンジと鈴原の一件がわたしがシンジと出会う前のことだと言っても一年たっているはずがない。
「………一年?」
「正確に言ったら、一年以上だけどね………アスカ、憶えてないの?」
「な、何がよ?」
「今日が何の日かさ」
「………今日?」
 別に特別なことなかったと思うけど?
「今日は………僕たちが会ってから、丁度一年じゃないか。一年前のあの日、僕たちはあの海の上で出会ったんだ」
「ええ?」
「………忘れちゃったのかい?」
 な、何よぉ………その捨てられた子犬みたいな眼は。
「な、何を瞳を潤ませてんのよ! 忘れるわけないでしょ、あんたをからかっただけよ!」
 そう、今でも鮮やかに思い出せる。あの空と海の蒼を。………忘れるわけないじゃない、バカシンジ。
「………よかった」
 シンジが笑う。………何だか、幸せな気分。
「………そ、それで一年たったから何だって言うのよ?」
「うん………もう、僕らが出会って一年たって、使徒もいなくなって、エヴァに乗ることもなくなって………」
 ………ものすごい違和感を感じる。はっきりとわからないけど、何かが。
「だから………はっきり言わなくちゃって、決めたんだ」
「な、何をよ?」
 何よぉ、シンジったら、顔真っ赤にして。………な、何を決めたって言うのよ。
「言うんだって。アスカが………アスカが好きだって!」
 ………? ………え? ………ええええ?
「………シンジ?」
「僕は………アスカが好きだ!」
 好きだって………言った。わたしを好きだって………シンジが言った。
「………だって、あんた、ファーストは………そう、ファーストはどうすんのよ? ………あの女が好きだったんでしょ?」
「綾波のことは………確かに好きだけど、それはアスカへの想いとは違うんだ。綾波は………友達とか、仲間として好きだ。でも、アスカは違う! ………僕はアスカを、あ………愛しているんだ!」
「シンジ………」
 真剣な瞳。真っ直ぐにわたしを、わたしだけを見つめている。その奥に映るのは、頬を染めた………わたし?な………! 慌ててシンジに背を向けた。
「アスカ?」
「あんた………何言ってるのよ、バカじゃないの?」
「アスカ………」
「わたしは………わたしは別にあんたのことなんかどうでも良いんだから。………わたしの気持ちの考えずに、一人で突っ走っちゃって、ほぉーんと、バカ」
 違う………言いたい言葉は、こんな言葉じゃなくて。もっと………もっと、別の、別の言葉で。………でも、出てこない。
「うん………そうだね、アスカの言う通りだね。でも………僕はアスカが好き………だから」
 ………シンジ。
「僕が好きだと言う想い………僕の一方的な想いでしかないよ。でも、だからこそ、アスカに伝えたかったんだ。僕がアスカを愛しているって。………言葉にしなくっちゃ、何も始まらないから」
 シンジ、真剣な声。顔が熱い。わたし、赤くなってる。
「僕は………アスカがいたから、アスカのために生きてきたんだから」
「………はっ、バカじゃないの? それじゃ、わたしのために使徒と戦ったって言うの?わたしのためにエヴァに乗ったって言うわけ? ………自惚れないでよ! わたしはあんたなんかに護って貰わなくたって大丈夫なんだから!」
「………自惚れなんかじゃないんだ!」
「………………シンジ?」
「僕は………僕はずっとアスカに助けられていたよ。アスカがいなければ、僕はきっと死んでいた。………だから、少しでもアスカの足手まといにならないように、僕はエヴァに乗っていたんだ。………エヴァに乗らなければアスカの側にいられないから」
 ………………………シンジ………………シンジ、………シンジ、シンジ!!
「あんた………わかってるの?」
「え?」
 声が震える。止められない。だって………………だって。わたしはようやく見つけたのかも知れないんだから。
「わたしを自分の物にしようなんて、あんたなんかじゃ十年どころか百年早いわよ?」
「努力するさ」
「わたし………我侭よ?」
「知ってる」
「家事一般はあんたの仕事になるわよ?」
「今だって同じじゃないか」
「バカ! ………独占欲………強いから、浮気なんてできないわよ」
「そんなつもりは、最初からないよ。もし、ばれたらと思うと、生きた心地がしないから」
「この、バカシンジ!!」
「自覚はあるよ。………だってアスカを愛しているんだから」
「どういう意味よ! ………ホントにバカ………」
 シンジの答え一つ一つに、心が躍る。喜びが体を駆けめぐって、破裂しそう。
「アスカ………」
「シンジ………いてくれる?」
「え?」
「ずっと側にいてくれる? ………ずっと、ずっとわたしの側に………」
「………うん」
「死ぬまで………ううん、死んでもずっとよ?」
「うん」
「わたしを、独りにしたりしない?」
「もちろんだよ、アスカ」
「ずっと側にいて………何時だってわたしの隣にいて、わたしだけを………見つめてくれる?」
「アスカ………!」
 背中にかかるシンジの声。これ以上ないほど、真摯な声。
「僕はアスカの側にいるよ………アスカが望む限り………」
「シ………ンジ」
「違う、今のはウソだ………」
「え? ………ウソ………?」
 そんな………今までの言葉が、全てウソ? ………騙されたの、わたし? ………騙された怒りよりも、絶望を感じる。シンジに愛されていないと言う事実が、わたしを絶望へ追いやる。膝が震えた。立っていられない。涙が溢れそうになって、歯の根が合わない。
「………僕はアスカの側にいるよ………たとえアスカに嫌われたって、離れてなんかあげない。………一生、側にいたい。アスカに側にいて欲しいんだ」
 続けられた言葉に、息をのんだ。涙が溢れた。でも、絶望のためじゃない。………うれしいから。涙が止まらない。
「………そ………こまで言うなら、しかたないわ………一生、側においてあげるから………感謝しなさい、バカシンジ………」
「うん………アスカなら、そう言うと思ってたよ」
 バカ………ホントにバカ。必死になって言ったのに。我慢して言ったのに。………もう、自分を抑えられない。
「この………世界一のバカシンジぃ!!」
 振り返って、シンジに飛びついた。知らなかった、シンジの胸がこんなに広く暖かいなんて。優しく抱きしめてくれる腕が、こんなにうれしい物だなんて。
「アスカ………」
「シンジぃ………」
 あぁ………やっと、やっと見つけた。ずっと探していた、わたしを愛してくれる人。わたしだけを愛してくれる人。………わたしが愛している人。
………してる………愛………してる………愛してる、シンジ!」
「僕もだ」
 背中に回された、腕の温もりが………胸に熱い。
「あんたを………あんたの一生を、人生をわたしが縛るわ………二度と離れないように!」
「かまわないさ………その代わり、僕はアスカの人生を貰うから。………いいよね、僕のアスカ」
 そんなの、答えは一つに決まってるじゃない!
「………喜んで………」
「アスカ………アスカ………」
「シンジ………シンジ」
 何度だって繰り返す。この世でもっとも大切な名前。………ずっと、探してた、わたしの故郷。抱き留めてくれる腕を………ずっと。探してたの………シンジ。あんたを………探してたの。
「アスカ………アスカ! ………ねぇ、起きてよぉ!」
「………シンジ………」
 シンジ………もう、離さない。
「いや! ダメだって、アスカぁ………あーん、助けて鈴原ぁ!」
 ………シンジ? 何言ってるの?
「アスカってば!! ………もう!」
 眼を開くと………崩れたパジャマの胸元を必死になって押さえている………ヒカリ?
「あれ? ヒカリだ」
「『あれ? ヒカリだ』………じゃ、ないでしょう!! ………アスカが碇君のどんな夢を見ようと勝手だけどね、わたしに抱きつくのだけは、絶対に止めてちょうだい!!」
 青い顔して、まくしたてるヒカリ。………わたし………そう、ヒカリの家に遊びに来て、そのまま泊まって………あれ? ………それじゃ………もしかして今の全部。
「………………夢?」

<To be next Rei's Dream>


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