Jacques SELOSSE 〜無限の柔軟性〜

(Avize 2002.7.26)

 

 「ジャック・セロスのシャンパーニュだけは、ブラインドで飲んでも間違えない」。かつてそう豪語したことがある。なぜか?一次発酵から木樽を用いるジャック・セロスのシャンパーニュは樽香についてよく語られることがあるが、個人的な意見としては樽香よりも、他のメゾンの酵母香とは違う、日本酒に通じるような、甘さを伴った心地よい特有の酵母の香りを真っ先に感じるからだ。

 完全に確立され、なおかつ進歩していく「ジャック・セロスのスタイル」。一体このスタイルはどのように生み出されているのだろう?

 

畑を訪問

 

自由奔放な葉先の畑 セロスの畑の葉は小さいく(手前、手で持っているもの)、他の畑の葉は大きい(奥に写る畑)。葉の大きさの違いは、過剰な肥料によるものという

アンセルム・セロス氏と一緒に、まずは畑を見に行くことに。現在彼はアヴィーズを主にクラマン、オジェ、そしてアンボネーに昨秋2つのパーセルを購入し、全部で約6,5haの畑を所有しており、これらの畑は彼を含める6人の従業員で管理されている。シャンパーニュでは平均で1人につき3haの畑仕事を請け負うらしい。ビオディナミを適用しているので必然的に畑での作業は多いとはいえ、人手のかけ方が既に尋常ではない。

 彼の畑は細かいパーセルに別れているが、この時期になると彼のパーセルは一目見て「ジャック・セロスの畑」であることが分かる。なぜか?ビオらしい雑草の繁り具合だけではない。彼のパーセルは、周囲の刈り込まれたブドウ畑の中で、ブドウの木も所謂「伸び放題」。今年は6月15日頃に一度切っただけで、後はそのままなのだと言う。「光合成が必要だからね」。全国的に見て太陽に恵まれているとは言い難いシャンパーニュでは、確かに「切らない」ことも一つの選択肢だ。

 ビオを実践している理由を尋ねると、「土中に生きている、その土地固有の微生物の働きを重要視しているから」。そして、隣りの畑(他の所有者)の土をつま先で蹴ってみせながら「ほら、こんなにカチコチだろう?これでは根は表面ばかりしか這わないんだ」。そして彼の畑の土は、指先がすっと入るほど柔らかい。新しく購入したパーセルについても、数10センチ刻みで土壌の質、硬度を記録し、開墾後の経過も詳細に記されている。

 また、時々部分的に褐色化した葉(ベト病)が見られるが、セロス氏曰く「全体的に見て木も畑も健康なのだから、病気の葉の1枚や2枚どうってことないさ」。健康な人にとって擦り傷が大した問題じゃないようなものだ。「ブドウの木は1本ずつ個性が違うのだから、全ての木に対して厳しくする必要はない。木は本当に人と同じ。人間だって厳しくして縮こまってしまう性格と、より伸びる場合があるだろう」。細かな観察の上でのみ成り立つ、理論の応用だ。

 

ソレラ・システムと醸造について

 シャンパンでソレラ・システム?一次発酵を木樽で行うこと自体、シャルドネの味わいをどう生かすかという論点で意見の分かれるところだが、それに加えて彼らのフラッグ・シップであるキュヴェ、 スュプスタンス(Substance。「本質」の意。以前の名前はオリジンOrigin)に於いては原酒の醸造に、シェリーに用いられるソレラ・システムを適用しているという。

 スュプスタンスには、クレー(白亜層)由来の鋼鉄のミネラルを持つアヴィーズのシャルドネが使用されるが、一つのパーセルに由来する果汁は、最低でも3つの異なるタイプ(樽会社、樽の使用年数、容量)の樽で仕込まれる。またこの樽の違いは更に細かく、以下のように分けられる。

@     5社の樽会社

A     2種の容量(228Lと400L)

B     1個の樽に、最低でも5種類の森の木から(トロンセ、ジュピユ、ヴォージュ、ベルターニュ、アリエール)3種類の木を使う。

 

これがスュプスタンスのソレラ・システム(グラスの箱に書かれた、アンセルム・セロス氏の手書き。新しい可能性も考え中?)
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これらは一つのパーセルに由来する果汁に対し、1種類の樽自体の突出した性格が反映されることを避けるためだ。またマロラクティック発酵も回避する。

 そして前述のソレラ・システムだがスュプスタンスには、常に5種類のヴィンテージがアッサンブラージュされている。そのためにまずは新樽を含む400Lと228Lの樽で発酵されたワインは、「1つのキュヴェには1つのスタイル」という考えの基異なるスタイルのものを組み合わせ、2年目には40hlの大樽に、「澱と共に」移される。そして3年目には43hlのステンレスタンクの中に「澱無し」で入れられる。このステンレスタンクから瓶内二次発酵の為に22%抜いて瓶詰めされ、タンクから減った分は大樽から、大樽から減った分は新しい年のワインで補充する。 

 樽の選択、キュヴェの組み合わせ、ソレラ・システムによる融合と分割。これは風味の三次元ベクトルだ。三次元的であるが故、一箇所でつまずくととんでもない結果が導き出される。畑での仕事同様各キュヴェの詳細な個性の把握から始まる、理論の応用だ。ある意味、天才である。

 

 また全てのキュヴェに於いて、新樽で熟成中(翌年4月まで)のキュヴェにはバトナージュが行われる。これは澱の質自体が良くないと出来ないことで、シャンパーニュでは非常に稀であるらしい。ジャック・セロスに感じる日本酒に通じるような特有の酵母の香りは、こんなところからも由来しているのかもしれない。

 清澄、濾過はルミアージュの工夫により不要。また最後にSO2の使用について尋ねると、「使用する、しないではなく、その年に応じて最適な方法を適用するということ。例えば最近では1999、2000年はSO2を全く使用していないが、2001年のような難しい年には少し入れた。ビオディナミについても同じ。順調な年にはカレンダー通りに物事は簡単に進むが、昨年は全てが酷かったからカレンダー通りには終わらない。目前の問題に取り組み最善を尽くす。結果としてのビオディナミであり、SO2不使用があるんだ」。

 でも全く使わない生産者もいますよね、と少々しつこく突っ込むと「どこ、どこ?それって?」と反対に面白そうに突っ込まれる。天才的な応用は、同時に無限の柔軟性ともいえる。

(参)彼にとっての「三悪ヴィンテージ」がある。1974年、1977年そして2001年らしい。

 

チーム・ジャック・セロスとのテイスティング

 圧巻。小さなワインショップくらいのストックはあるのではないか。カーヴ内にある彼のコレクションだ。コントラフォン、ルフレーヴ、サンソニエール、マーク・クレイデンヴァイス、、、。彼くらいの規模の生産者で、これほどのコレクションを持っている生産者はまずいないだろう。その中からもちろんジャック・セロスのブリュット・ブラン・ド・ブラン グラン・クリュ 1988年と1990年を選び、また瓶詰め前のものはタンク内にある1996−2000年のアッサンブラージュ(ヴァン・トランキル:二次発酵前のワイン)をテイスティングした。

 しかし、このテイスティングがまた面白い。この時はアンセルム氏と、ジェローム・プレヴォー氏、そしてジャック・セロスで働く若手の従業員2名の計4名だったのだが、不定期にテーマを決めて、彼らはカーヴの彼のコレクションをテイスティングしているようなのだ。 

チーム・ジャック・セロス。左から2番目がアンセルム・セロス氏。右はセロス氏の愛弟子、ジェローム・プレヴォー氏。既にフランス、アメリカで高い評価を受けているリュー・ディーを生産する、未来のスターである。現在は自分のカーヴが無いため、セロス氏のカーヴで醸造を行っている

この日のテーマは「シャンパーニュ プレスティージュ 1990年」に決まったようで、マム ルネ・ラルーとローラン・ペリエ グラン・シエクルも同時に開けられた。そして4本のシャンパーニュと、ヴァン・トランキルを試飲しながら議論は約2時間続いた。

ジェローム・プレヴォー氏がアンセルム氏に「最後に1本だけ白ワインを選ぶことが出来るとしたら?」と尋ねると、迷わず彼は「トリンバック リースリング クロ・サント・ユーヌ 1990年」。空気も、交わされる意見も見事に自由だ。そして彼らがアンセルム氏に寄せる信頼が、一外国人である私にとっても厚いものであることが見える。

まさにチーム・ジャック・セロス。彼らの自由な変幻自在ぶりは、確かに伝統的な生産者だけでなく、ワインを扱う人間、そして消費者にも戸惑いを与えるかもしれない。しかし味わいは複雑な醸造過程を経ているにも関わらず、決して人工的ではなく、ピュアで、しかも完成度は非常に高い。ジャック・セロスのこれから、そしてアンセルム氏の下から第二、第三のジェローム・プレヴォー氏が誕生することが楽しみだ。

 

(テイスティング・コメント)

ブリュット・ブラン・ド・ブラン グラン・クリュ 1988年

上質のヴュー・コンテのような旨みのあるアミノ酸、マロン・グラッセ、白コショウ。しかし口に含むと芯にまだ閉じた酸があり、海をはっきりと感じるミネラルもある。時間の経過と主に、アミノ酸系旨みと、ナッツ類の種類が増えていき、口の中でのヴォリュームが増していく。

ブリュット・ブラン・ド・ブラン グラン・クリュ 1990年

黄リンゴの蜜、洋梨、白い花の甘さ、ミネラル、若干のミント。1988年と比べ、酸の質はより硬質でエレガント。時間の経過と主に、甘草を食べて育てた牛のチーズのような、アミノ酸の旨みにほんのり優しい植物性の甘さが加わったような、不思議な優しさが際立ってくる。