Domaine Ghislaine BARTHOD 〜シャンボールの宝石〜

(Chambolle―Musigny 2002.9.6)

 

 「ギレーヌ・バルト!シャンボール・ミュジニィの次のエトワール(スター)は、彼女だ!」パリのあるワインショップの店主の熱いイチ押し。私は彼のアドヴァイスに全面の信頼を置いている。

 ギレーヌ・バルト。シャンボール・ミュジニィに7つのプルミエ・クリュを持つ、パーカー曰く「過小評価されたシャンボール・ミュジニィの生産者」。また、パーカーはこうも言っている。「このドメーヌのワインを飲むことは、この村のテロワールを知る良い勉強となるだろう」。

 今回の訪問前に、彼女のシャンボール・ミュジニィ 1999年を自宅で開けた。何というチャーミングなはじける酸!何層もの甘味。いつまでも残る笑い声のような楽しい余韻。「元気あり余る(?)美少女」みたいなワイン、一体どんな女性の手によるものなのだろう?

 

7つのプルミエ・クリュとテイスティング

 小さなシャンボール・ミュジニィの村の中心に、ドメーヌ・ギレーヌ・バルトはあった。ドメーヌの門をくぐると、数人の男女が樽の手入れなどを忙しそうに行っている。そして建物の中から赤いポロシャツ姿のギレーヌさんが現れた。ぎゅっと小気味良い握手。「収穫前の最後の準備なので、騒がしくてごめんなさいね。さ、セラーに行きましょうか」。にっこり、てきぱき。その彼女の足元を犬がまとわりついている。「ピノ!あっち、行きなさい、こらっ!」。この犬、ピノっていう名前ですか?と尋ねると「そうよ。セパージュのピノと同じピノ!」と元気良い返事が返ってきた。

 近年徐々に拡張しているセラーに降りると、各クリュごとに、こじんまりとピエスが積まれている。少ないものは5樽しかない。

「実は昨日やっと、全ての2001年産キュヴェの澱引きが終わった後なの。だからワインはとても落ち着いていないわ。それでも2001年産のバレル・テイスティングがよいですか?」。彼女が2002年版ル・クラスモンに1999年のボトル・サンプルを出し渋った、という話を思い出した。その理由をル・クラスモンはこう推測している。瓶詰め直後であったために間違いない、と(しかし結局彼女は辛口のこの本の中で見事に一つ星を獲得)。彼女の気遣いを無視してしまうことを申し訳なく思いながら2001年をお願いすると、彼女は次回ブルゴーニュにいつ来るかを尋ね、「もう一度、落ち着いてから全てのキュヴェを飲んでみてくださいね。違いが鮮明に分かりますから」と何度も念を押した。

 

 彼女が現在持っているプルミエ・クリュは、以下。これ以外にシャンボール・ミュジニィ・ヴィラージュ、ブルゴーニュ・ルージュ、そしてほんの少しのブルゴーニュ・アリゴテを生産している。試飲したものは横に付記。(なお今回は地図を掲載していませんが、お手元にシャンボール・ミュジニィの地図がある方は、是非地図片手に畑の名前を確認してください)

 

     レ・フュエ(Les Fuees:ボンヌ・マールの南隣。ボンヌ・マールと同じ高度、280−300mに位置する。試飲)

     レ・ボード(Les Baudes:ボンヌ・マールの東隣。ボンヌ・マールの斜面下に位置する)

    レ・ヴェロワーユ(Les Veroille:ボンヌ・マールの東隣。ボンヌ・マールの斜面下に位置する。1987年よりプルミエ・クリュに昇格。試飲)

    レ・グラ(Les Gras:レ・フュエの南隣。ボンヌ・マールと同じ高度に位置する。試飲)

     オー・ボー・ブリュン(Aux Beaux Brun。試飲)

     レ・シャトロ(Les Chatelots)

     レ・シャルム(Les Charmes。試飲)

 

A、D〜Fは、シャンボール・ミュジニィの真ん中に広がる高度260−280mの緩やかな斜面に、北より他の畑を挟みながら、オー・ボー・ブリュン、レ・シャトロ、レ・シャルムの順に広がる。

@BCはシャンボール・ミュジニィの北部、かつ斜面上部に位置する。北部は南部より粘土、泥灰が多いのだが、斜面上部は中腹より傾斜が強く、又表土が非常に薄くなり、石灰質や岩が多く見られる。結果、ボンヌ・マールに似た豊かさ、野性味を持ちながら、非常にミネラルにも富んだワインが生まれる。

レ・ボード、レ・シャトロが最後に澱引きしたキュヴェだったので今回は試飲できなかったが、今回試飲したキュヴェの第一印象を述べると、以下のようになる。

斜面上部

@レ・フュエ:非常に余韻の長いミネラル。ボンヌ・マールのイメージが最も濃い。

Bレ・ヴェロワーユ:潰したての赤系果実が、力強く野性的。酸、ミネラル、甘さの溶け込み方が複雑で見事!

Cレ・グラ:熟した生の赤・系果実の酸のボリュームが圧倒的。タンニンの質は柔らかく、豊富。

斜面中腹

Dオー・ボー・ブリュン:イチゴとカカオ。逞しい筋肉。

Gレ・シャルム:酸に支えられた、タルト・ド・フレーズのイチゴのような濃厚な甘さ。

 

 畑の位置に関する予備知識は全く無いままの試飲だったが、コメントを言うとギレーヌさんは興味深そうに頷き、畑の位置や土壌を説明してくれる。それらを知り、改めて余りにも畑の条件と味わいが一致することに驚くのだ。そしてどのワインもそれぞれに違うピノ・ノワールの魅力がふんだんに溢れており、澱引き直後の跳ねるような落ち着きの無さすら楽しく、まだ固いが純粋に美味しい。勿論媚びてくるワインではなく、決して人懐っこいワインでもないのだが、快活で、その距離感がとても心地よい。個人的には特にレ・ヴェロワーユとレ・シャルムが好きだ。

 ちなみに醸造はごく伝統的で、新樽比率も多くて30%。特にキュヴェによって醸造を変えることも無い。つまり純粋にテロワールの違いが、収量を抑えた健康で熟したブドウと、彼女の手によって表現されているのだ。

2001年は今のところ、堅牢な酸によって閉じたままです。でもこの酸はワインにバランスをもたらす、絹のような酸になると思っています。まずは今回の澱引き後、どのように変わっていくかがとても楽しみです」。2001年に対するギレーヌさんのコメントだ。そしてシャンボール・ミュジニィとは、と尋ねると、

シャンボール・ミュジニィは、基本的にヴァン・ド・ギャルド(熟成させるワイン)だと思います。そして熟成後見せてくれる姿には、いつも2つの異なる魅力があります。それは繊細さや、フィネス、エレガンスといったものと、同時に芯の強さ(ストラクチャー)。もちろんそれらのバランスの良さも求められます」。

 数日前に飲んだ1999年、今回の2001年はまだまだ「やんちゃ」だ。でもポテンシャルのある、やんちゃっぷり。どのように洗練されていくかが楽しみである。

 

ギレーヌさん

 

とにかく快活なギレーヌさん。けれどカメラはどうも苦手なよう。「すぐ目をつむっちゃうの」の言葉通り、1枚目はやはり目をつむっていた。「ワイナートの写真が、凄く気に入っているの」とのこと

 ギレーヌさんは、バルト家の3代目。私の数少ない生産者訪問の中で、彼女は3人目の女性ヴィニョロンだ。そのことを言うと、

「確かに一昔前まではこの世界は男性社会だったでしょう。私の妹も余りワイン造りに興味が無かったわ。ただ私の家はドメーヌを継ぐ男性がいなかったし、私にとってはヴィニョロンというのは、他の仕事もしたけれど自然な選択だったわ。小さな頃から祖父、父の姿を見ながらカーヴで遊んでいたしね。でも最近は女性の生徒数の方が多い醸造学校もあるのよ。醸造だけでなく、ワイン・ビジネスも視野に入れてね」。

なるほど。それぞれの国のワイン文化は違っても、やはりワイン業界も女性の次世代が既に控えているのだ。

 ところで、私が今まで会った女性ヴィニョロンは皆格好がいい。気前の良さは男性顔負けで、心配りや懐の深さは素敵な女性のもの。そしてもちろんギレーヌさんも「女性も惚れる」女性だ。女前。ワインを飲む時造った人を思い出すと一層美味しくなるワインが、また一つ増えた。