Domaine OSTERTAG 〜3つのワインのカテゴリー〜

(Epfig 2003.10.30)

 

 

 

 

アンドレ・オステルターグ氏。

 「戦闘家ぎりぎりの反体制家」「アバンギャルド」。アンドレ・オステルターグ氏に冠せられる言葉はこんなものが多い。そもそも「アバンギャルド(avantgarde)」の語源が軍隊用語であり(前衛。本隊に先がけて偵察・先制攻撃を行う小隊)なのであるから、彼には余程戦闘的なイメージがあるのであろうか?

 私が初めてじっくりとオステルターグのワインを試飲したのはパリのあるワインショップの一押しであったことがきっかけで、ワインにあるのはあくまでも「鮮やかな果実味とミネラルの深い調和」。よって後に聞いた彼の風評とワインとのイメージの違いに驚いたものである。やはりアルザスでは「アブ・ノーマル」と言われるジャン・ミシェル・ダイス(マルセル・ダイス)のワインが、その味わいはあくまでも深いのと同じであり(2人はブルゴーニュでコント・ラフォンらが先陣を切るGEST→「ブルゴーニュにおけるビオの動向とは?」参照 の流れをいち早くアルザスに引き入れた人達でもある)、彼らがそう言われてしまうことにこそ、アルザスという地への固定観念の深さを見るのである。

 

羊の群れ、天、地

 古くからのRhénane(ライン地方の意)家系であるオステルターグ家であるが、ヴィニョロンとしては現当主のアンドレ・オステルターグ氏が2代目である。現在約12haを所有し、1996年より部分的にビオディナミを採用、1998年には全区画での採用に移行している。

 「一つのテロワールにモノ・セパージュを植える、という基本的な点では、アルザスとブルゴーニュは似ているだろう。しかし最も違うのはこの地の土壌の多彩さ。土壌の違いは目で見ても判るほどだ。例えば私のドメーヌでは5つのヴィラージュにまたがって75の区画、更に細分化すれば100以上の区画があり、そこには13種類の土壌が存在する。更に7種類のセパージュ。異なる斜面の向き、傾斜度、高度。よって『涼しい土地』と『暑い土地』の差違も生まれブドウの熟度も異なり、『甘口』『辛口』と仕立てるワインも変わってくる。結果として私達のドメーヌでは18種類を造るわけだ」。

左が「石のワイン」のラベル、右が「果実のワイン(後述)」の「羊」ラベル。

ブルゴーニュが粘土、泥灰、石灰の構成の微妙な差違をワインに移し取ることに対して、アルザスでは土壌そのものの違いを理解することがヴィニョロンの入り口なのである。

 ところでオステルターグのロゴは「羊」。これは彼曰く、

「個々の羊(=個々のブドウ樹)が群れ(=区画)になった時に、個々の羊の個性とは別に団体としての個性が生まれる。そしてその団体の個性を注意深く観察し、導き、修正し、時に落ち着かせる為には人間が必要なのだ。羊飼いとヴィニョロンの仕事は方向性という意味では同じだよ」。

 そして「石のワイン(後述)」の印象的なラベルに込められているのは彼のヴィニョロンとしての哲学である。

「目に見える部分のブドウ樹は、光と風を感じ取る。一方目に見えない部分、つまり地下では根が地中深く潜り込み、微量元素を自らが採り入れることの出来る形で吸収する。その光と陰、天と地が融合する小宇宙(ラベルの背景色がブルーであるのも宇宙のイメージ)が、果実なのだ」。

ちなみにこのドメーヌのロゴやラベルは全てアーティストである奥様の手によるものだ。「彼は詩人だから何を言っているのか判らない」と一部のアルザスの生産者達に言われる所以は瓶自体が発するメッセージにもあるのだが(詩を綴ったボトルもある)、言っていることはブドウ栽培における原理である(もし同じ事を彼と交友のあるドミニク・ラフォン氏がムルソーで語れば、その言葉に素直に耳を傾ける人はかなり多いのではないか?)。

 

果実のワイン、石のワイン、時のワイン

 「果実のワイン」「石のワイン」「時のワイン」。これはオステルターグが自身の18種類のワインを、「消費者に判りやすいように」と分類したカテゴリーである(同じカテゴリーはマルセル・ダイスも試みている)。以下に簡単に説明すると、

@     果実のワインセパージュの味わいを前面に出したもの。新鮮さが身上で、飲み頃は5年ほど続く。6〜9ヶ月の熟成を経たもので、ラベルと瓶も緑色に統一。

A     石のワイン:テロワールの味わいを重視したもの。「果実のワイン」より収穫時期は遅く、11〜18ヶ月の熟成を経て、前述のラベルが張られる。10〜20年の飲み頃の間に、様々な段階の熟成期間が楽しめる。

B     時のワイン:ヴァンダンジュ・タルディヴとセレクション・グラン・ノーブル。9〜12ヶ月の熟成を経て、その壮麗な色合いと熟成段階が視覚的に判りやすいように透明な瓶に瓶詰めされるこれらのワインは、20〜50年楽しめるもの。

となる。

 

 ところでビオディナミ実践者の間でも意見が大きく分かれる、「SO2添加」の問題であるが、これに関して彼の意見は辛辣である。

結論から言えばSO2無添加というのはカタストロフ(壊滅的)。消費者があってこその、ワイン。私達のワインの70%は輸出されるが、私は世界中のどこでも消費者が私達のワインを同じ状態で楽しんでほしい。無添加は実際何度も試みたが、カーヴから全く動かない状態ならまだしも、良い結果は得られなかった。それに無添加のワインが間の抜けたショコラや漢方のような、皆似たような味わいになってしまう傾向があることには、全く賛成できない。個人的に無添加で本当に成功していると思える生産者は、チェリー・アルマン、マルセル・ラピエール、アンリ・マリオネ等、ごくごく少数だ。

 それに無添加を謳いながら、実際添加している生産者がいかに多いことか。コマーシャルで言うだけなら簡単さ」。

 「3つのカテゴリー」と同様、「消費者に個性を判りやすく、かつ楽しんでもらう」姿勢が、このドメーヌは明確だ(ちなみに添加量は、発酵初期と瓶詰め時の最大でも25mg。これは十分すぎるほど低い数値である)。そしてその姿勢は、到底覚えきれないアルザス・グラン・クリュ名と高級品種の組み合わせを武器に(?)、スーパーなどで微妙な値付けを展開する多くのアルザス・ボトル(ほぼ確実にSO2添加量もオステルターグよりは高いであろう)と比べても、遙かに「消費者寄り」である。

 

テイスティング

  今回のテイスティング銘柄は、以下(テイスティング順に記載)。全てボトル・テイスティング。各土壌の説明は、文末の参考資料に記載。〔 〕に記したのは上記の「果実」「石」のカテゴリー。

 

       ピノ・グリ 2000 〔果実〕

       ピノ・グリ フロンホルツ(Fronholz) 2000 〔石〕

       ピノ・グリ ツェルベルグ(Zellberg) 2000 〔石〕

       リースリング 2002 〔果実〕

       リースリング フロンホルツ 2001 〔石〕

       リースリング ハイセンベルグ(Heissenberg) 2001 〔石〕

       リースリング グラン・クリュ ミュエンヒベルグ(Muenchberg) 2001 〔石〕

 

 「ハイゼンベルグは『暑い土地』。なぜなら完璧に南向きの急斜面は太陽に熱され、風も少ない。そしてピンク砂岩と赤砂が地熱も蓄える。よって粘度の高いリースリングが生まれ、それはバリック熟成とも相性が良い」。

 ベタンに「ミレジムの特性と土地の個性を操る名手」と評されるオステルターグだが、彼のワインにはこの「土地の寒暖」のイメージが、ミネラルの粘度、酸の丸さ、出てくる果実のタイプ、余韻の重さなどに、綺麗に浮かんでくることが興味深い。例えば同じピノ・グリでもフロンホルツ(涼しい土地)がパイナップルなどの酸味を十分に含んだトロピカル・フルーツに始まり、生き生きと拡散していくような空気寄りの余韻で終わるならば、ツェルベルグはネクター状の白桃に始まり、ねっとりと細かな余韻で終わる。

また「リースリングは最も土壌の個性を反映するセパージュ」と彼は語るが、特に花崗岩土壌のリースリングに顕著にある白い花やヨーグルトのニュアンスは同じく花崗岩土壌に適するヴィオニエを彷彿とさせ、様々な熟した果実が複雑に絡み合うこのドメーヌの一連のリースリングを試飲すると、「リースリング=石油香」という認識がいかに偏ったものであるかがよく理解できるのである。

 そしてグラン・クリュであるミュエンヒベルグの、少し塩味すら感じる深いミネラルからなる余韻があくまでもエレガントに長く続く様は、「グラン・クリュの格は余韻に現れる」という、ブルゴーニュの優れた生産者達の言葉を思い出させるものだ。

確立された唯一無二の個性があってこそ、グラン・クリュ。そういう意味ではアルザスでグラン・クリュに相応しいのは、他にガイスベルグ、カステルベルグ、ランゲン、ショーネンブールくらいだろう。もっともそこに働きの悪い生産者が付いてしまったら、どうしようもないけれどね」。

 彼は単なる「アバンギャルド」では無いのである。テロワールを味方に付けた、ワインの仕上げの美しさにこそ彼の飛び抜けた芸術的センスは感じられるが、デッサン、すなわち「区画のポテンシャルをシビアに判断し地道に引き出す」という部分ではむしろ超写実派であり、リアリストである。「土壌とは人間の観察の下で素晴らしくその能力を発揮し、子孫に残すことも出来る、大事な道具でもあり哲学でもある」というこの言葉も、この地に足を着けた堅実なアルザシャンらしいものだ。

 

 最後はドメーヌのパンフレットに書いてあった、この言葉で締めくくろう。

― テロワールという言葉はフランス特有のものであり、その概念を完全に他の言語に訳すことは不可能であろう。そしてテロワールとはヴィニョロンの手を介してその姿を現すものであり(中略)、ヴィニョロンはその無限の可能性を捉え、自分のものとして手なずけていくことが必要なのだ ―

 

(参考資料)

〜オステルターグの主なテロワール(ドメーヌのパンフレットより)〜

@     フロンホルツ(Fronholz)

位置:エプフィグの丘の山頂と山腹。南西向き

土壌:石英、白い砂、粘土、泥灰で珪素に富む

気候:太陽に恵まれているが、冷たい風も吹き付ける

植樹セパージュ:リースリング、ミュスカ、ピノ・ノワール、ピノ・グリ、ゲヴュルツトラミネール、シルヴァネール

表れやすいワインの特徴:ミネラルと閉じた酸、エレガントなアロマ(若い時にはしばしば閉じがち)

 

A ハイセンベルグ(Heissenberg)

位置:ノータルテンに位置する、完璧な南向きの急斜面

土壌:ピンク砂岩、赤砂、花崗岩、雲母

気候:太陽に恵まれた非常に暑い土地

植樹セパージュ:リースリングのみ

表れやすいワインの特徴:グラなミネラルと、開いたエキゾティックなアロマ

 

A     ツェルベルグ(Zellberg)

位置:ノータルテンの中腹に位置する、南西向きの斜面

土壌:粘土、石灰、ピンク砂岩

気候:暑い土地

植樹セパージュ:ピノ・グリのみ

表れやすいワインの特徴:官能的でグラ。デリケートなアロマ

 

C ミュエンヒベルグ(Muenchberg) グラン・クリュ

位置:ノータルテンに位置する、円形劇場状の丘で完璧な南向き

土壌:ピンク砂岩、緻密に堆積した火山性岩、東部に一部石灰

植樹セパージュ:リースリング、ピノ・グリ

表れやすいワインの特徴:比類なき余韻を持つ、ノーブルなワイン。繊細、エレガンス、明敏さ