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Yakovlev 40
エアーリトアニア Yak-401965年に開発が始められたヤコブレフ40は、ローカル線で運行されるにしては珍しい、3発ジェット機である。リージョナルジェットという枠組のない当時、このクラスのジェット機は世界初だった。3発エンジンが選択されたのは、信頼性と、短い滑走路で高い性能を確保するためだった。また設備の整っていない地方空港での運行性を考え、エアステア(備え付けの階段)とAPU(補助動力装置)も備えている(APUとは、航空機に搭載されている発電機で、エンジンを動かしていない時に地上で電源を供給する)。未舗装滑走路での運用も考え、足回りが耐えられるように設計されている。当時ソ連の空を一手に担ってきたアエロフロートの乗客数の実に50%が、このようなローカル空港を利用していたからだ。

1965年に開発が始められ、1966年10月21日は試験機が初飛行している。1967年にサラトフの工場で生産が始まり、1968年9月よりアエロフロートで就航している。1981年に終了するまでに1011機が世に送り出されており、そのうちの125機は海外(アンゴラ、アフガニスタン、ブルガリア、ハンガリー、ベトナム、ザンビア、イタリア、カンボジア、キューバ、ラオス、マダガスカル、ポーランド、シリア、チェコスロバキア、西ドイツ、赤道ギニア、エチオピア、ユーゴスラビア)に輸出されている。

サマラ航空(ロシア) Yak-40初期のタイプは定員27人、最大離陸重量14,700kg、航続距離710kmだったが、後に定員を32人に増やしたタイプに変更されている。また、Yak-40Dは、燃料タンクを増設し、最大6t(Yak-40の場合3.9t)の燃料を搭載することができ、機内も多少広くなっている。

1978年にはアメリカ・ワシントンDCのICXアビエーションという企業がソ連の輸出公社Aviaexportと、西側の電子機器とギャレットTFE731エンジンを装備したタイプをオハイオ州ヤングストンでライセンス生産する仮契約をした。アメリカでの名称はX-Avia LC-3と決まっていたが、計画は頓挫したらしい。

 

主要モデル緒元

  Yak-40 Yak-40D
全幅 25.0m 25.0m
全長  20.36m 20.36m
全高  6.5m 6.5m
最大離陸重量 16,100kg 17,200kg
機体重量 8,580kg 9,850kg
最大巡航速度 510km/h 510km/h
最大航続距離 1,350km(運行ベース) 1,800km(運行ベース)
最大定員数 32人 36人
運行乗員数 2人 2人
エンジン形式 ZMKB Progress AI-25 (1,500kg) x3 ZMKB Progress AI-25 (1,500kg) x3

 

その他のモデル

Yak-40DTS 空中降下部隊と医療部隊のためのタイプ。
Yak-40K 貨客混載型。貨物は3,200kgまで積むことができる。
Yak-40EC コリンズ製の電子機器を搭載した輸出用タイプ。
Yak-40V エンジンをAI-25Tに置き換えた輸出用タイプ。
Yak-40TL エンジンに2基のテクストロン=ライカミングLF507-1Nを換装したタイプ。実現せず。
Yak-40M 機体をストレッチし、座席を40席設けられるようにしたタイプ。実現せず。
Yak-40/M-602 チェコ製エンジンM-602を装備した実験用機材。
Yak-40 "Avka"/"Liros"/"Meteo"/"Fobos"/"Shtorm" 気象実験用機材。
Yak-40 "Kalibrovschik" 地上無線標識(ラジオビーコン)チェック機材。
Yak-40-REO/Yak-40-25 無線電子工学設備の実験機材。
Yak-40 "Administrativnii" 座席数11〜14のタイプ。VIP?

 

オペレーターリスト