届け、我らの頭上に在りし水なき海へ-アルトノイラント前期作品集-
さらなる技巧と叙情が導く、未来に回帰する音。

永夜抄とは、1000年の蓬莱人たちの夜に
主人公たちがかかわった一夜を切り取った物語である。
月はひとの知らざる30万余の昼と夜を見つづけ
彼女らの罪をとぎれることなく糾弾した。

30万と一夜の後
いま彼女たちは月をいかに見上げるのか。
 
 月人たちから見た永夜抄に迫る、ピアノ組曲「届け、我らの頭上に在りし水なき海へ」。その煙、未だ雲のなかへ。

 2006年5月21日頒布開始
 (イベント価格)\500、マキシケース+6pブックレット
>>全曲クロスフェード試聴
Track List
No. Title   試聴 楽譜
01 静かの海
 
:鮮やかな記憶
 (シンデレラケージ 〜 Kagome-Kagomeより)
-
02 蛇の海
 
:ルナリエン・ラプソディ
 (狂気の瞳 〜 Invisible Full Moonより)
- -
03 嵐の大洋
 
:渾天儀
 (ヴォヤージュ1969より)
- -
04 雨の海
 
:月齢14.9
 (月見草より)
05 雲の海
 
:ピアノソナタ「連禱」第一楽章 −夢に楽土求めたり
 (月まで届け、不死の煙より)
06 晴れの海
 
:ピアノソナタ「連禱」第二楽章 −届け、我らの頭上に在りし水なき海へ
 (千年幻想郷より)
07 終曲
 
:ピアノソナタ「連禱」第三楽章 −ありあけの白き爪痕
 (幻視の夜〜Gohstly Eyesより)
-


解説寄稿1
K.Kuroya
「ピアノから生まれる、もう一つの永夜抄」

 同人という分野で「師弟関係」について言及されることは珍しい。それを踏まえた上で、私の弟子弘世君の作品について述べたいと思う。
 最初に話しておきたいことは、師弟関係を表明しているからと言って、音響が両者で似ていると言うわけではない。私自身の語法を彼に伝授したわけでもないし、彼は自身独自の語法をすでに持っていたのを知っていたので、私はその語法を作品に生かせる様にアドバイスを続けたのみである。 彼の前作(帰るべき城)では、まだその効果が充分に発揮されていなかった感じがするが、今回の作品では巧く発揮されているように思える。少なくとも、私自身が久しぶりにループして聴いているピアノアレンジ作品に位置づけている。

 私が把握している限り、ピアノを用いて「アレンジ」の領域から「再作曲」の領域に到達している人は限り無く少ない(無論、同人系の話ではあるが)。
 ただし、再作曲の中でも「テーマ」を基に意味のある再構築をしている人は弘世君ぐらいじゃなかろうか。後は「原曲をバラして、語法を書いて並び替えただけ」というアレンジがよく見受けられるぐらいだろう。
 本作品は東方永夜抄を原作としているので「二次創作」と私は捉えている。あらゆる二次創作にタイプをつけるとしたら、今回の弘世君の作品は「世界観とキャラの設定を解釈し、本編を別の角度から描写したサイドストーリー」タイプと言えよう。

 私にとって久しぶりに「二次創作作品」を垣間見たような気がする。

(作・編曲家。代表作にEMBRYO PIANO WORKSなど)

解説寄稿2
あかみ
 弘世氏の新作を特徴づけるキーワードは、「縦の線から横の線へ」です。そして、過去作品から現在に通底するキーワードは、「自動演奏」です。


 弘世氏の作品は基本的に人間の手によって実際のピアノで演奏されることを想定していますが、今作としても前作「帰るべき城」にしても、実際にCDを聴いてみるとそういった編曲作品の音源としては例外的なほどに固い音色が選ばれています。むしろ、自動演奏ピアノに近い音色の処理と言えるでしょう。特に今作2曲目「ルナリエン・ラプソディ」を聴くと、その理由がよく分かります。以下、今作への解説を「自動演奏」のキーワードで敷衍してみます。

 20世紀クラシック音楽の作曲家の一人で、コンロン・ナンカロウ(1912-1997, )という作曲家がいます。弘世氏自身はナンカロウの影響を受けているわけではないとのことですが、意図せずにナンカロウと同じような方向性の音楽を書いているのはとても興味深いことです。ナンカロウの作風はきわめて精微なリズムの探求を主としたものであり、その作風は必然的に「横の線で示される細かいリズム要素の積み重ね」を必要とすることになります。その探求は時には生身の人間にはほぼ演奏不可能なリズム(1:√2といった無理数比が出てくることさえ!)の要求にさえ至ります。

 一方、弘世氏は今作で過去のありとあらゆる同人ピアノ曲からの離脱を図っています。具体的に言えば、微細な要素を複雑に積み重ねたテクスチュアの追求が2曲目に限らず、他の曲でも多数見られます。このようなテクスチュアを求めることは、たとえば「人間にとって演奏が至難となる」「人間による演奏、自動演奏問わず柔らかい音色よりは音の切れ味を重視することが必要になる」といった効果をもたらします。

 そういったテクスチュアへの追求と、和音の追求が組み合わさった作品と言える7曲目「ありあけの白き爪痕」は、(おそらく無意識の産物ではあろうと考えますが)ジョルジュ・リゲティ(1923- )の近作「ピアノのための練習曲集第3巻」にも通じるような雰囲気さえ感じ取れる作品ともなっているように見えます。ジョルジュ・リゲティも「練習曲集」ではナンカロウからの強い影響を隠さずに表出しており、弘世氏の作品との一致性は興味深いと言えるでしょう。

 今作では、「縦の線から横の線へ」のキーワードも忘れてはなりません。
過去の同人ピアノアレンジのほとんどは伴奏とメロディーがあり、伴奏とメロディーが縦の線で組み合わさっています。一方、弘世氏の作品は(特に今作で顕著な傾向として)複数の横の線、つまりはメロディーもしくはそれに類似した性格を持つ伴奏(伴奏と言うことすら本来は不適切かもしれません)が積み上げられたような性格の作品が多数あります。
今作のうち「横の線」の性格が強く出た曲としては、1曲目「鮮やかな記憶」が特筆できます。エリック・サティ(1868-1925 )を思い出させるような、しかし音量の操作により脱臼させられている線の上下に別の線が流れることで音楽が進んでいく作品、と言うことができるでしょう。

これら、「自動演奏」と「縦の線から横の線へ」という2つの性質が組み合わさり、さらにピアニスティックに仕上げられたいうなれば真にリゲティ的な作品として、3曲目「渾天儀」にも言及する必要があるでしょう。全曲にわたって展開される不規則なアクセントは、全曲にわたって本来存在するはずの4/4のリズム構造を脱臼させつつ、独自の推進力を生み出す効果があります。

(作・編曲・演奏家。代表作にVoyage into a cage...など)
あかみ氏のウェブサイト:萌えさいと。


以下のショップでお取り扱い頂いております(2008.5.25現在)

メロンブックス様
ホワイトキャンバス様
あきばお〜こく様
とらのあな様、メッセサンオー様でも取り扱っていただきました(現在売り切れ)



その他の活動
UI-70
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雪の足跡
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朧夢紅月ジャケット 東方的幻想曲集ジャケット


サークルカット集
例大祭第三回
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