イルランダ、大いなる田舎

ケルトがまだ生きている大地。

写真左:ケルズの書(ダブリンのトリニティカレッジにあります)。巻いて巻いて、文字も動物も人間も、手書きで幾何学。写真右:グレンダーロッホのハイ・クロスと立てこもりの塔。窓はあっても、入り口はない。立てこもったら、敵が居なくなるまで出てこない。

丁度、私がアイルランドに行く直前、上野の美術館で、「ケルト美術展」が始まりました。勿論、直前でしたが、行ってきました。(1998年春)「ケルト美術」はおおいなる?なんでもかんでも対象物を「渦巻き」にしてしまう紋様が特徴的です。文では上手く言えないのですが、ヨーロッパの古代には、北欧から、東欧まで、広い地域でケルト人の文化が花開いていたそうです。石碑から教会から、武具からなにから、彼らはものすごい様式美で、飾り立てていたようです。其の影響は、一時忘れられましたが、19世紀末の「アールヌーヴォー」にも通ずるところが有り、「美術展」で見た、彼らの作ったコインの人物のデフォルメには、ななんと、「キュビズム」に通ずるようなすごいデザインもありました。(これには正直、驚きました。^-^::)/ピカソの「泣く女」とかにそっくりです。)

というわけで?私がアイルランドに行ったのは、「ケルト人のうずまきまきまき?の世界に浸りに行って来るぜ!」という感じで始まりました。結果的には、シーズンオフだったため、交通手段が無くて見に行けなかった、ケルトの十字架や教会も沢山在ったのですが、最初に行ったんですから、しょうがないとは思います。

写真上:ドネゴールの下水か?マンホール。ここでも、伝統的に、巻いて巻いて・・・!

その1・アイルランド、田舎だがパワーが底知れず波打っている!音楽がスゴイのは当然です!

大いなる田舎、これが私の感じたイメージを一言で言った感じです。イギリスと比べると、何もかもが素朴で田舎。しかも、歴史的にイギリスに負けてきた(変な言い方ですみません)せいか、貧乏臭い感じはどうしてもぬぐえない。でも、貧乏人にはカネモチには無いパワーがある。野太い感じの「ちから」が、なんか空港に降り立って、ダブリンの街に入っただけで感じられたのは気のせいなのかな?(?_?)

エンヤやU2が有名すぎるアイルランドですが、ああゆうパワーってこの「大地」無しでは出てこないなあ、とか、素人ながら納得してしまいました。廃虚や、野っ原や街中でも、なにか、「風」に吹かれているだけで、歴史とかなんか知らないけど、スゴイ、まだ生きてて、重たい自然の中のもんが吹き付けて来る、そんな感じがしました。

イースター島でも、「風」の中に何かを感じたんですが、それはこれと比べるともう「死んで」いた様なただただ、静かな感じでした。中米のそれは、やっぱり一回どっかで「死んで」、でもまだしたたかに生きてるんだあ!文句あるか!という感じ?(今考えると)でした。椎名誠じゃないですが、「文句無い文句無い(^^;)」とビビリつつ、同化して行った訳ですが・・・。所詮は外国人、分かったつもりになっただけですけど。

イギリスの野原や廃虚にも同じように突っ立っておりましたが、イギリスの「それ(風)」は、もう「飼い慣らされていた」という感じで穏やかで日本と感じが変わらないと思ったので、アイルランドのが強烈に印象に残ったのだとおもいます。多分、まだずっと「死んで」いないのではないかと・・・。

日本も昔はこういう感じがするところが沢山在ったのではないかなあ?私が知らないだけで、今でもあるのでしょうか?あるなら、日本人として感じてみたいなあ。私は霊感は無いので、これは歴史的な知識(たいしてないけど)とかから、勝手に感じたつもりになっているのかも知れないですが。いまでも、アイルランドが彼らのアイルランドにはなりきれてない事とかは、知ってるんで。

アイルランドのバス。バス・エーラン。荷物札を呉れないのが、ちょっと不安でしたが、荷物はちゃんと自分の手に戻りました。

その2・田舎は素朴だ!うれしいな。お客は単純によろこんだ。

交通で。アイルランドでは、イギリスと比べると鉄道の本数は、「ぎゃっ!」というほど、少ないです。その代わり?バスが発達しています。駆けるレトリバー犬?(いや、アイリッシュセッター?かもねえ?よく分からん。(;^_^A )のマークのバスです。私は両方乗りましたが、バスはトイレが無いので、長距離はなかなか覚悟が居るかもしれません。ところで、田舎でも、鉄道の駅は朝から晩まで開いておりますが、バスのターミナルは、田舎だとバスの出る前30分くらいしか開いてないようです。

私は北部のイナカのスライゴで、バスを朝から(昼過ぎまで、次に行くゴールウェイへのバスは無かった!!!)待とうと、思ってたのですが、閉まってしまうので、「げげげー」と思いました。思わず、丁度来た、ベルファストやロンドンデリー(当時、紛争中。爆弾事件直後!)行きに、乗っちまおうかとおもいましたが、思いとどまっていたところ、ターミナルのおじさんが、「何処に行くの?」と聞いてくれたので、「ゴールウェイですある。(なまった英語を表現(^^;)」と答えたところ、「午後まで、無いよ」。「うん、知ってるある。」。「荷物、預かってあげようか?」。「え?いいであるか?」。「いいよ。」。「じゃ、午後に、オフィス、開くあるね?」。「うん、其の時来なさい」。「じゃ、頼むあるよ。わたし、日本人の、ミミ、いうあるね。荷物、これ一個ね。よろしう」。(簡単な音の名前はこのあたりで役に立つ・・・)「いいよ。じゃ、ここに置いてね。」オフィスに荷物を運び込んで、終わり。

街で時間を潰し、(郊外の先史文明の遺跡に行きたかったが、交通手段無し)午後に、駅とターミナル(隣り合ってた)の前の地元の人しか居ないパブで、食事してから行くと、おっさんがいて、オフィスもちゃんと開いており、「すんません。荷物、これの持ち主、あるが」。「ああ、もってって」。「ありがとね、どもども」。「どういたしまして」。(「ありがとう!」は忘れないでください。私は、一応、この辺は中米帰りなので、習慣になってます。m(_ _)m)

親切。しかも、素朴。いいよ、イナカは。単純に私はアイルランドのイナカは好きになりました。

宿で。私は前述の大田舎、スライゴへついた時、宿を決めていませんでした。某「地球の騙しかた?」を片手に、宿のあるという方向へ行って、一軒目の「BB」印の感じのいい家、で聞いたところ、品のいいおばさんが「御免なさいね。あなた、予約の東洋の方じゃないわよね?」。(他にも、東洋人が居たらしい)
「違います、予約してないです」「今日はいっぱいなのよ」「はあ、すんません」。

そうして、一回はほかへ行こうと歩き出したのですが、「待てよ」と思い、戻りました。「あのう、他にいい宿をご存知では・・・?」。というつもりで、もう一回、呼び鈴。(あああ、申し訳ない。でも、困ってると私は以上にずーずーしい)そうしたら、おばさんがまた出てきて、「この先に、一軒、あるわよ」。「え?ほんとですか?場所?教えて下さいある」。そうして、教わった通りに行くと、ななんと、在ったのは、「パブ」!

でも、よく見ると、「BB」と書いてあるので、入って行くと、昼なを薄暗いカウンターの奥から、おじさんが出てきました。「こんにちわ」「どもども、あのう、宿を・・・頼みたいあるよ」。「いいですよ」。「あのう、部屋代はおいくらで?」。「15ポンドで風呂共同、20アイルランドポンドで、シャワー付です」。「シャワー付をたのんます、朝御飯、付いてますですか?」。「はい」。「では、20ので」。「はいはい」。簡単に決まってしまいました。しかも、安い。宿帳も書かない。大丈夫かな?と思ったけど。

「まあ、あなた、お茶でも飲みなさいよ」。おじさんは、紅茶と、クッキーを出してくれました。むむむ。親切。「何処から来なさったの?」。「日本です」。「ああそう、遺跡を見に来たの?」。(ここでごそごそと「地球の騙しかた」を出す)「ここに行こうとおもいまして」。「ああ、此所はいいところですよ」。「はあ、そうすかあ」。「日本には、こんな、ガイドブックがあるの?」。「はあ」。お茶を飲みながら、カウンター越しに英会話。向こうの英語も、いいかげんなまったアイルランド田舎弁なんだろうけど、不思議なのは、英語も、スペイン語も、田舎弁の方が、分かりやすいというか、ゆっくりのんびりなんですね。(私のスペイン語も中米なまりでずーずー弁。スペイン人の早口な事!)

という事で、この宿に入って、3泊。しかし!驚いた事には、其の間、客は私一人!朝御飯は、私のためにだけ、おにいちゃん(多分、おじさんの息子)が付きっ切り。卵の焼きかたから、メニューを事細かに聞いてくれました。BBの朝御飯は、イギリスのロンドン以外は、本当にボリュームたっぷりでした。なんだか、申し訳ない。夜はなんだか、上の階で、息子さんの友人がどたばたしてたけど、部屋はきれいだし、シャワーは暖かいのが沢山出るし、ベッドはデカイし、よかったです。ここでも、田舎アイルランドが好きになりました。

以下、また続きです。


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