
1,殺人光線?という言葉が出て来たお話。(友人Hさんによる目撃談) Hさんとは、(私もHだから、某隊の訓練中などは班も同じなら、部屋も隣。現在、インドネシアで苦労中)エルサルに居たとき、よく待ち合わせて昼飯を一緒に食べた。あっちは昼休みが二時間あるから、(ホントです)お互いの職場からミスタードーナツなどで待ち合わせたものだった。 Hさんはそのとき、後からやって来た。 この話をHさんがしたときに出て来た言葉が、「目から殺人光線」である。なんだかしらないが、目から、見えない光線を出して、周囲をにらみ回していたらしい。完全に過剰防衛?かもしれない。でも、その頃はこれが「普通の生活モード」だったのだ。 2,環境、職業選択?で目つきは変わる。 まずは、これ。目から殺人光線、じつは日本人は必要がない生活を普段している人が多いので、必要ないから、(私だってそうだけど)目つきの甘い人が多いように思う。実は、治安の悪い地域に暮らしている人間は、みんな甘い目つきなんかしていない。日本でだって、やくざのひとや、人殺しの人、(遇ったことないけど)借金取りの人、なんかは目で相手を威嚇しているはずだ。そう、野生に近いんだね。(ほんとか?) 私が中米に一年半くらい暮らした後、一回メキシコに旅行したとき、私は一回も日本人とはばれなかった。(現地語しゃべってたせいもあることはあるけど)その時、観光地で日本人の女の子の旅行者とすれ違ったときに、実は驚いた。 日本人のキンチョーのなさ、は、はたから見ていてとても危なく見えることが、このとき分かった。いまはもう緩んじゃったけど、その時の自分は普通の日本人の感覚ではなかったんだろうなあ。 実際、私がナイフドロボーに後ろからの接近を許してしまい、お金取られたときも、「帰国間際」「自宅直前」の気の緩みをつかれてしまったのであった。 3,生まれ育ちで目つきはかわる? つぎはこれ。私はもとから実は、顔つきがきついのである。たぶん。そのうえ、無愛想、疲れていたりすると、表情を動かすのも面倒になる「めんどうくさがり」なのだ。元気なときとそうでないときの落差も激しいのかも知れない。 もう一つ、私は子供の頃から一貫して背が低かった。大抵の相手には見下げられるわけだ。目線的に。なので、どうしても無意識に「平均化」をはかっている可能性がある。背伸びするわけである。実際には背伸びしても仕方がないので、自分を大きく見せようと、こわそうに「作っている」うちに習い性になったのかも知れない。 そのあとは、女子校だったから、喧嘩の必要もなくなったのだが、三つ子の魂百まで、というのだろうか。単に気が強いだけという気もするが、とうとう直らなかったようである。 直らなかった訳のひとつは、中学校の教師に一時期なっていた、という事もあるかも知れない。
4,結論。 以上は、やや、と言うかかかなり、具体的ではなかったので、以下に、旅行先などでの、具体的な危険回避のための、「殺人光線の出し方」を。 ・無意味に目線を遊ばせない。途方にくれてパニックにならない。(実は迷っていても、態度に出さない) ・あいまいな態度をとらない。 ・人気の無いところには行かない。行くときには戦場に行くつもりで。 ・人に尋ねるときには、とことん聴く。分かるまで聴く。 ・自分の方針が決まるまで、うろうろ動かない。安全地帯(店の中など)で考える。 ・変な人がいたら、おもいきりよける。目を合わせてはいけない。 ・変な人がくっついてきたら、怖くても「にらむ」。そして、ものすごい早さで逃げること。悩んだらもうダメ。 ・最初は親切そうでも、次第におかしくなってきたら、迷わず遁走すべし。(旅の恥なんてくそくらえ) ・変な人に捕まってしまったら、お金はさっさと出す。(財布は外国では三つ以上持っていること。ひとつはドロボー用) ・財布の位置を教えれば、勝手にとっていくので、自分で出す必要はない。(ドロボーのほうが詳しい) ・変に抵抗すると、逆切れ犯人に殴られたりするので、最初は話し合いで。すきがあったら逃げる…のはあたりまえ。 ・現地の警察の番号、日本大使館の番号はメモしておくべし。 ・物知らずのガイジンでーす、という事を悟られないこと。(これは目つきだねえ) ・優先順位を常にはっきり持つ。(持ち物しかり、行き先しかり) ・他人に頼らない。 ・ぼられたときなどは、自分で納得できるところに収める。(果敢に反撃しても、あきらめても、嫌な思いは同じ) ・ぼられるということは、すでに舐められているということ。目つきが甘かった。 やっぱりある程度は、目つき悪くして強面になった気分にならないと、お大尽旅行以外では、何か起こるかも。とくに一人旅の方は、まあ、全部自分の責任ですので。 にこにこと殺人光線を使い分けて、楽しまないと、ね。 (2001.3.18) |